[ もどる ]


第四話
[1] [2] [3] [4] [5] [6] [電脳]
 教材(読むべき古典)が決まり、その資料となる<アンチョコ>類も一通り集まり、いよいよ読んでいくわけですが、さて、どうしましょう。

 大学によって、教員によって、あるいはその授業の目的によって方法はさまざまだと思います。最終目標は「何が書いてあるのか」を理解することですが、大学1年生くらいでは、むしろ文献の取り扱い方の訓練という側面があると思います。つまり、4年生になって卒業論文を書く時には、自分で選んだ作品を自分の力で読むことになるわけですが、自分で選んだ作品をきちんと読みこなせるようになるための訓練です。

 そこで、思い出話っぽくなりますが、私の大学時代を踏まえて書いていきます。(「暇つぶしエッセイ」もご参考に!)

 授業で指定された教材は、たいていが句読点も何も付いていないものでした。まあ、それを専門に学んでいこうという学科ですから、当然と言えば当然ですね。このような句読点のない本文の間に、割り注というものが挟まっています。本文の1行を2行に割って、本文の文字よりもはるかに小さな文字で書かれている部分です。ちなみに、最近刊行されている中国の標点本の場合、こういった注は番号を付け、段落や章の後にまとめて載せる、我々が一般的によく知っている方式をとっています。

 この注は、まずは注と言うくらいですから本文の解釈がメインです。例えば地名ならそれが現在のどこに当たるのか、といったことが書かれていたりします。もちろん、この場合の「現在」とはその注が書かれた時代のことですから、二十一世紀のことではありません。注はまず間違いなく、本文よりも後の時代に書かれます。ですから、その間の時間がかなりある場合、注が書かれた時代には本文が書かれた時代の事柄がわかりにくくなっていたりします。それを補う形でこのような注が書かれるのです。

 次に、実はこれがメインなのかもしれませんが、本文と同じ単語・フレーズを持った他の作品を引用するというパターンの注があります。本来ですと、本文だけだと意味がよくわからないから、それを補うために同じような文章を参照することで解釈の助けにしようとするものなのですが、往々にしてどれだけたくさんの他文献を引用できるかを競っているようなものが見受けられます。伝統的に「述べて作らず」の中国ですから、自分の主張を書くのではなく、他の作品・古典の文章を引くことによってその代わりをさせているわけです。

 たぶん、大学に入って最初の一年、二年は、この注の引用文献を調べることに時間のほとんどを費やすことになるかと思います。引用文献を調べるというのは、もう一度きちんとその作品を繙き、本当に引用された文章(フレーズなど)が載っているのか確認する作業です。なぜ引用文献を調べるのかというと、まずは引用が間違っていないかを確認するためです。引用された作品にも各種の版本があるでしょう。版本によっては本文が異なる場合もあります。引用者、つまり注の書き手はどの版本を使ったのかがわかる場合があります。そういった学術的なことではなく、単純に引用間違いを見つけることもしばしばです。

 もし我々が何か文章を書く時に注を付けて他人の作品を引用する場合、間違ってはいけないのできちんと原典を見ながら書くでしょう。しかし中国古典の場合、注の書き手がきちんと原典を脇に置いて注を書いていたとは考えられないのです。現在のように目録・索引などが整備されていなかったでしょうし、現在ほど容易に書物を手元に集められたとも考えられませんから(もちろん中世以降、蔵書家はたくさんいましたけど)。

 そういった粗探しになりがちな引用文献調べですが、この作業を丹念にこなすことによって中国古典の様々な文献に接することができようになります。例えば『論語』を本文だけ読んでいたのでは、一年たっても『論語』だけですが、そこに施された注の引用文献にまで手を広げれば、同じ一年でも相当多くの文献に接することができます。もちろん『論語』の本文を読むという面からは、あまり進まないかもしれませんし、引用された文献に接すると言っても、引用箇所の前後に目を通す程度でしょうが…。それでもこの過程が最初のうちは肝心なのです。
[1] [2] [3] [4] [5] [6] [電脳]