第11回 大学4年次

いよいよ大学4年です。結果としては私は4年終了後そのまま東洋大学の大学院に進学したのですが、「結果として」というわけではありません。実際のところ、私は大学入学以前から大学院まで進もうと決めていました。ですから就職活動もしなければ、前に述べたように教員免状も取ろうとしなかったので教育実習もなく、実にのんびりとした4年生でした。なにしろ卒論を除けば出なければならない(つまり単位にかかわる)授業は2コマしかなかったのですから。

2コマのうち1つは選択科目で西洋哲学の先生が担当の哲学概論だったと思います。このあたり既に記憶が定かではありません……。もう1コマは中哲文科の選択科目で残しておいた哲学の演習授業です。確か内容は『史記』の封禅書でした。演習形式の授業は履修要項によれば3年次あるいは4年次で履修することになっていますが、繰り返すようですが4年になると就職活動やら教育実習やら4年生は実際にはほとんど授業に出てこなくなります。事実上、3年生だけでやっていると言えます。ですから個人的に『史記』の封禅書は卒論テーマとも重なり興味ある内容でしたが、授業としては席に座ってテキストを広げていればよいようなものでした。

ところで、これは極めて個人的なことですが、私は大学入学以来アルバイトというものをしたことがありませんでした。自宅から通っていましたので、衣食住に困ることはなく、親から毎月1万円という小遣いをもらっていたので、取り立ててアルバイトの必要性も感じなかったのです。

確かに勉強のための本代はかかりますが、前にも書いたように中国からの輸入書は当時の私の感覚からすれば信じられないくらいに安く、また時には臨時収入などもありましたから、なんとか小遣いのうちでやってました。

が、4年生になるとそろそろ親も小遣いの打ち切りをほのめかし始めましたし、こちらもほとんど授業がないのにぶらぶらしていてもしょうがないと思いアルバイト捜しを始めました。ただアルバイトをしたことのない人間ですから、アルバイトニュースやフロムエーの見方もよくわからないような有り様でした。

とりあえず授業の関係で週に1日と半日程度は学校へ行かなければならない、というこちらの都合があったので、それを基準に捜しました。別に職種に対しては深く考えていませんでした。むしろ自宅と学校の場所からあまり遠くないところで働ければラッキー、くらいに考えていました。幾つか捜した挙げ句、普段、中国書の購入で利用している東方書店がアルバイトを募集していました。時給は、くどいようですがアルバイト経験のない身としては当時の世間相場もよく知りませんでしたから、高かったのか安かったのかわかりませんが、まあこれで1か月働けば合計で幾らになるから、本を買うにしてもかなり楽だなあ、くらいの感じでした。問題は先にも書いた1日半は勤務できないという所が、自分自身では不安でした。結局実現しませんでしたが、大学3年生になった頃、学校も白山に移り年齢も20歳を過ぎましたから、アルバイトでもするかと思い立ち、当時これまた中国書の購入で時折訪れていた内山書店がバイト募集の張り紙をしてましたので応募しました。が、3年生では週にどう頑張っても3日から4日くらいしか勤務できません。これがネックになって採用には至りませんでした。こういう経験があったので、東方書店も半ば「だめもと」で応募したのです。

東方書店は、中国書の輸入だけではなく自社出版もやっています。これは当時も知ってましたが、その他に中国への輸出もやっていることをその時初めて知りました。そしてアルバイトの募集をしていたのはその輸出部でした。場所は現在は移ってしまいましたが、私が応募した頃は水道橋と神保町の間、やや水道橋寄りのところでした(東京以外の方にはわかりませんね!)。真田広之と手塚理美など芸能人カップルがしばしば結婚式を挙げる神田教会の側でした。電話で応募して、履歴書を持って面接に行き、なんとその日の夕方には採用決定の電話をもらいました。いつから来てくれますか、という話になり、する事もなかったので明日からでもと返事をしましたが、受け入れの準備などもあり確か2、3日後から行き始めたと思います。これが3年生の後期の授業も終わった1月末のことでした。確か1月の30日か31日から私のアルバイトが始まったのです。

ということで、むしろアルバイトの都合で4年次の授業の選択は同じ曜日に授業を固めてしまおうということを優先したのです。幸いうまい具合にそれができ、またバイト先もそれくらいなら構わないよということで許してくれました。

東方書店でバイトをしている時は、ほとんど8割から9割のバイト代は本代に消えました。毎日社内文書などの伝達で私は水道橋のバイト先から自転車で神保町にある東方書店本社総務部と店舗へ行っていたので、直に社内の方々とも親しくなりました。そして店舗には中哲文科で私より6年か7年くらい先輩の人がいたので、とりわけいろいろ教えてもらいました。中国から面白そうな本とか私の専門分野に近い本が入荷すると教えてくれるので、買いそびれもなく(毎日通っているのに買いそびれもないと思いますが……)、卒論に向けとても重宝しました。

結局、東方書店でのバイトは3年生も終わる1月末から始めて、大学の4年次、大学院の2年間とほぼ3年間続きました。もともと少人数の職場でしたので、時には残業などもありましたが、そもそも家と学校との往復しかしていなかった身ですから、取り立ててすることもなく、毎日のバイトもそれほど苦痛ではありませんでした。むしろあまり学校へ行かないと生活のリズムが狂うような気がするので、毎日のバイトで生活のリズムを維持していたと言えるでしょう。それに多少忙しい方が読書をするにも勉強をするにも、却って集中できてよいという誰かの意見ももっともだと思えました。が、何よりもこれまでは月1万円の小遣いでしたから、ふつうに働けば月に6万円から7万円くらいの収入になるので、一気に懐具合が裕福になり、そのことがとてもうれしかったです。

(第11回 完)

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