呉明益の新刊『眠りの航路』は、眠り、睡眠がキーになっている作品です。
決して『名探偵コナン』の「眠りの小五郎」をもじったわけではありません(汗)。
それはともかく、眠りがキーワードではありますが、戦時中日本軍に徴用され日本の兵器工場で働かされた台湾人の悲哀がベースとなっています。ただ「訳者あとがき」にもあるとおり、悲哀ということで戦争を非難しているとか、日本国の戦争犯罪を告発しているとか、そういった重さはありません。実に淡々としています。
そして主人公と父親との関係性が大きな軸になっていますので、最近文庫になった『自転車泥棒』という作品が思い起こされます。この二冊は間違いなく併読すべき作品です。
ただ、戦争の話は暗い、重苦しいと感じられるのであれば、まず先に『我的日本 台湾作家が旅した日本』を読むことをおすすめします。これは十数名の台湾作家による日本旅行記をまとめたものですが、その中に呉明益の訪日録も収録されています。それがそのまんま『自転車泥棒』『眠りの航路』の創作ノートになっていると言っても過言ではありません。これを読んでから上掲2作品を読むと作品の背景やどうしてこの作品が書かれたのか、書かなければならなかったのかが理解できるでしょう。
そして、『眠りの航路』でも作品の舞台では済まないほど存在感をもって描かれている中華商場については、同じく呉明益の『歩道橋の魔術師』を手に取っていただければと思います。こちらは近々河出文庫になります。