それでも選挙に行く、行った、行ってしまった

先日、日本翻訳家協会の翻訳特別賞を受賞したのは《エクス・リブリス》の『行く、行った、行ってしまった』でした。お陰様で、受賞後は順調に注文が伸びています。

本書は、もちろん小説なのですが、読んでいるとノンフィクションのような、テレビのドキュメンタリー番組を見ているような気になります。恐らく著者が綿密な取材をして、この作品に描かれたようなエピソードのいくつかは実際に起こった出来事なのではないかと思われます。

端的に言ってしまえば、ドイツに押し寄せた難民を扱った物語です。ドイツというと移民の受け入れなどで比較的寛大な態度を見せるメルケル首相を代表として、温かい国といったイメージがあります。その一方で移民排斥を訴える国民の声もじわじわと高まっていて、やはりこういう問題は一筋縄ではいかないと考えさせられるものです。

しかし、本作ではそんな大きな問題を扱うのではなく、ごくささやかな、とても個人的な体験、経験、思いが描かれています。使い古された言葉ですが、首脳同士の会談だけでなく民間レベルの草の根の交流が大事だという言葉が思い起こされる作品でした。

そして衆議院も解散となり、俄然注目を集めている新刊が『それでも選挙に行く理由』です。

決して日本の選挙制度について書かれた本でもなければ、日本の選挙について分析した本でもありません。

ただ、だからこそ選挙に潜む問題点、選挙が抱える矛盾がよくわかるのではないでしょうか? 今回の選挙を熱心に分析している週刊誌の記事もよいですが、まずはこういう本で選挙について俯瞰してみるのも大事ではないでしょうか?

それはそうと、ここへきて「行く」がタイトルに入っている本が二点、売れているのは何か理由があるのでしょうか? ただの偶然でしょうか? 「白水社はどこへ行く」のでしょうか? まずは31日には「それでも選挙に行く、行った、行ってしまった」となりますように!

ウェブサイトのリニューアル

本日は午後から人文会の勉強会(研修会)でした。人文会の会員社である勁草書房のウェブサイトリニューアルの顛末を語ってもらう、というものでした。

各社、もちろんウェブサイトは運営していますが、どうやったら見やすいか、どんな機能があれば便利なのか、担当者の悩みは尽きないと思います。そんなウェブサイトに関するケーススタディという感じでした。

ちなみに、あたしは自社のウェブサイトには一切関わっていないので、特に益するところはなかったですが、それでもなかなか興味深い話が聞けました。

ちなみに、勁草書房もそうですが、あたしの勤務先もとうこう・あいという会社が提供するHONDANAというフォーマットを使っているそうです。なにせ、ノータッチなのでそういうことも知らずに本日のレクチャーを聞いたわけです(汗)。

ところで勁草書房というとどういう出版社のイメージがありますでしょうか? 出版ジャンルは多岐にわたっていますが、あたしは中国思想、中国哲学の専門書を刊行している出版社、というイメージを長いこと持っていました。

何故かと言いますと、写真にあるような本、これらはすべて勁草書房の刊行物です。現在はすべて品切れみたいですが、あたしが学生時代にはこういった本を精力的に出していたのです。時代が感じられるのか、あるいは当時の勁草書房の特徴なのか、ビニールカバーの掛かった本が多かった印象です。この4冊どれもビニールカバーが掛かっていますので、経年劣化なのか、ちょっとべたついています(爆)。

でも、いい本出していましたよね。当時のあたしにはまだ手が出なくて購入していなかった本がこれ以外にもたくさんあって、大浜晧さんの作品が多かったと記憶しています。

そんなイメージを持っていた勁草書房ですが、昨今は中国ものと言えば現代中国社会を扱ったものが多くなっているようです。否、古代中国思想ものはほぼ全く出していないのではないしょうか? 出版傾向が変わるのは致し方ないですが、中国学を学んでいた者にとってはちょっと寂しくもあります。

哲学の女王からソロデビュー?

晶文社から今年の5月に刊行された『哲学の女王たち』という本があります。

タイトルからおおよその内容はわかると思いますが、西洋史の中で知的活動を行なっていた女性たちにスポットをあてた評伝集のような本です。取り上げられている女性は、ディオティマ、班昭ヒュパティア、ララ、メアリー・アステル、メアリ・ウルストンクラフト、ハリエット・テイラー・ミル、ジョージ・エリオット(メアリー・アン・エヴァンズ)、エーディト・シュタイン、ハンナ・アーレントシモーヌ・ド・ボーヴォワール、アイリス・マードック、メアリー・ミッジリー、エリザベス・アンスコム、メアリー・ウォーノック、ソフィー・ボセデ・オルウォレ、アンジェラ・デイヴィス、アイリス・マリオン・ヤング、アニタ・L・アレン、アジザ・イ・アル=ヒブリの20名です。

欧米の読者であればよく知っている名前ばかりなのかもしれませんが、あたしにはとんとチンプンカンプンで、赤字にした4名くらいしか知りません。

そんな中、緑字にしましたヒュパティアは来月半ばにあたしの勤務先から評伝が刊行になります。タイトルは『ヒュパティア 後期ローマ帝国の女性知識人』です。内容は「優れた数学者・哲学者として弟子から政界と宗教界に要人を輩出しつつも、政治的対立に巻き込まれ非業の死を遂げた女性の、伝説と実像」というものです。

晶文社の本を読んで興味を持たれた方、ぜひ本書を手に取ってみてください。

いろいろありまして……

宣言が解除になり、書店回りも10月から再開しています。やはり書店回りは楽しいですね。

そんな書店回り、本日は久しぶり、本当に何ヶ月ぶりでしょう、横浜まで足を延ばしました。その横浜、有隣堂のルミネ横浜店の文書コーナーでこんなフェアを見つけました。

筑摩書房と白水社のシェイクスピア読み比べフェアです。同じ作品を上下に並べ、その間に読み比べポップを配置してくださっていて、これならお客様も楽しんでくれるだろうという展開になっています。

さて、そんな本日、10月7日はナタリア・ギンズブルグの没後30年です。

白水Uブックスに『ある家族の会話』『マンゾーニ家の人々(上)』『マンゾーニ家の人々(下)』の3点が入っていて、気軽に読むことが可能です。この没後30年にあたって、しばらくの間品切れになっていた『マンゾーニ家の人々』も重版しましたので、この機会にぜひ。

さて、今月の中旬には配本になりますが、ゼーバルトの新装版も今回の『カンポ・サント』で一段落となります。全部で6冊となりました。

たまたま本日はノーベル文学賞の発表日ですが、ゼーバルトも存命であればきっと受賞しただろうと言われる作家の一人ですね。

ただ、受賞せずに亡くなりましたけど、そう言われるだけの作家なわけですから、受賞の有無にかかわらず、これからも読み継がれていって欲しいと思います。

創刊70年です

PR誌『白水社の本棚』2021秋号が完成しました。

今号は、今年創刊70周年を迎えた文庫クセジュの特集です。

創刊70周年ということは、『ライ麦畑でつかまえて』『ハドリアヌス帝の回想』それぞれの原書が刊行されたのと同じ年月です。ある意味、同い年と言えるわけですね。

そんな文庫クセジュのフェア、この秋にいくつかの書店で開催予定です、否、既に開催している書店もあります。この機会に復刊した銘柄もありますので、お近くの書店をのぞいてみてください。

ちなみに、文庫クセジュは既に多くの銘柄が品切れとなっています。残念ですが致し方ありません。

仕方なく、古本屋などで見つけたときに買い求めた文庫クセジュが二枚目の写真です。同じアイテムを複数冊買ってしまっているのもありますが……

いまから思うと、こんなテーマのものも出していたんだ、というアイテムが意外と多いです。今後も、クセジュだからこそのテーマのものを出していければと思います。

『眠りの航路』と三島由紀夫

呉明益の新刊『眠りの航路』の重版が決まりました。

オビだけを読むと戦争をテーマにした重苦しい作品なのかなという印象を受けるかも知れませんが、そんなことはありません。もちろん台湾から日本にやってきた少年工たちの戦争との関わり方が描かれていますので、戦争が大きな背景になっていることは確かです。ただ、そこには暗さとか重さといったものは、少なくともあたしには感じられませんでした。もしかすると、これが呉明益世代の台湾人にとっての戦争との距離感なのかも知れません、

そして、今回は日本の読者に対して大いにアピールしたいのは、本作に出てくる日本人青年の平岡君です。彼については本作の公式サイトにも内容紹介で以下のように触れられています。

三郎が暮らした海軍工廠の宿舎には、勤労動員された平岡君(三島由紀夫)もいて、三郎たちにギリシア神話や自作の物語を話して聞かせるなど兄のように慕われていたが、やがて彼らは玉音放送を聴くことになるのだった――。

そうです、平岡君とは後の三島由紀夫のことなのです。

この件については、本書の訳者あとがきにも書かれていますので、興味ある方はこちらを読まれてから本文に進まれるのもよいでしょう。また訳者の倉本知明さんは別途noteにもこの件について興味深い文章を掲載されています。

さらに原作者・呉明益さんも『我的日本 台湾作家が旅した日本』所収の「金魚に命を乞う戦争――私の小説の中の第二次世界大戦に関するいくつかのこと」で三島由紀夫と高座について書かれています。是非、こちらも読んでいただければ幸いです。

なお呉明益さんは10月下旬に河出書房新社から『雨の島』という新刊が刊行になりますので、そちらも是非お楽しみに。

断捨離してみました

名刺ってどんどんたまるものです。

最近は、デジタル名刺のようなものも出て来ていますが、やはりビジネスの世界はまだまだ紙の名刺がバリバリの現役です。ですから、整理しないと増えていく一方です。

あたしはA4判のファイル数冊に、営業部に遷って以来の名刺をまとめているのですが、このたび全部処分することにしました。だって、もう何年も見返すことなんてなかったですから。

持っている名刺は大きく分けて、他の出版社の人、取次会社の人、書店の人になります。こう言ってはなんですが、ほとんどの人は記憶がありません。申し訳ないです。これでは何のための名刺交換なのか……

それにしても、書店をはじめ今となってはもう存在しないところが多々あったのは、少し寂しくなりました。この数十年の業界の栄枯盛衰が感じられます。もちろん今も現役、仕事でしょっちゅうお世話になっている方も大勢いらっしゃいましたが、悲しいことに亡くなられた方も何名か……。

ちなみに、いま担当している書店の方の名刺は机の抽斗に整理していますので、今回処分したファイルは過去に担当していた書店のものなので、今となってはまるっきり変わってしまっているのでしょうね。

先にこっちを読むべし?

呉明益の新刊『眠りの航路』は、眠り、睡眠がキーになっている作品です。

決して『名探偵コナン』の「眠りの小五郎」をもじったわけではありません(汗)。

それはともかく、眠りがキーワードではありますが、戦時中日本軍に徴用され日本の兵器工場で働かされた台湾人の悲哀がベースとなっています。ただ「訳者あとがき」にもあるとおり、悲哀ということで戦争を非難しているとか、日本国の戦争犯罪を告発しているとか、そういった重さはありません。実に淡々としています。

そして主人公と父親との関係性が大きな軸になっていますので、最近文庫になった『自転車泥棒』という作品が思い起こされます。この二冊は間違いなく併読すべき作品です。

ただ、戦争の話は暗い、重苦しいと感じられるのであれば、まず先に『我的日本 台湾作家が旅した日本』を読むことをおすすめします。これは十数名の台湾作家による日本旅行記をまとめたものですが、その中に呉明益の訪日録も収録されています。それがそのまんま『自転車泥棒』『眠りの航路』の創作ノートになっていると言っても過言ではありません。これを読んでから上掲2作品を読むと作品の背景やどうしてこの作品が書かれたのか、書かなければならなかったのかが理解できるでしょう。

そして、『眠りの航路』でも作品の舞台では済まないほど存在感をもって描かれている中華商場については、同じく呉明益の『歩道橋の魔術師』を手に取っていただければと思います。こちらは近々河出文庫になります。

20年目だけではなく48年目も……

今日は9月11日です。

朝日新聞読書欄でも取り上げられていましたが『倒壊する巨塔(上)』『倒壊する巨塔(下)』が、まずは思い出されるわけですが、今日はそれだけではありませんね。1973年の9月11日も世界史のなかでは忘れられない一日ではないでしょうか。そうです、南米チリのクーデターです。

 

チリ出身の作家は、多かれ少なかれクーデターの影響を受けているはずです。あたしの勤務先で言えば、まずはボラーニョではないでしょうか。多くの作品にクーデターが影を落としています。

そんな中、作品自体はクーデターを扱っているわけではありませんが、ルイス・セプルベダの『カモメに飛ぶことを教えた猫』などは如何でしょう。クーデターにより投獄され刑務所暮らしを体験しています。そしてルイス・セプルベダは2020年に新型コロナウイルスで亡くなっているのですよね。

恐らく、今日は日本のニュースでもアメリカの同時多発テロを取り上げているところが多いと思いますが、チリのクーデータについて取り上げるニュースや情報番組はどのくらいあるのでしょうか。