雪の降りだしそうな東京で……

パク・ミンギュの『短篇集ダブル サイドB』が深くしみます、特に最後の二編が。

それでも「アーチ」の方はストーリー展開も予想できる、ありがちと言っては申し訳ないけれど、そうこなくっちゃ、というエンディングです。とはいえ、ここまでずいぶんと執拗に韓国社会の闇と言うよりも息苦しさを描いてきたパク・ミンギュがちょっとホッとさせる掌編を贈ってくれたかな、という読後感です。

そしてページをめくって最後の「膝」は壮絶な、生きるための物語。時代設定がぶっ飛んでいるので多少は緩和されているかも知れませんが、この生と死のせめぎ合い、紙一重の綱渡り、恐らく韓国に暮らす大多数の人が感じているものなのではないかと感じます。真っ白な雪の中、主人公の「ウ」の孤独な状況と、常に「ウ」の脳裏を離れない家族のこと。

生きるため、生かすため最後の力を振り絞った後に「ウ」は何を失って何を手に入れたのだろうか? 寒空の日曜日に読んでいると、こちらの心まで冷えてくる作品です。

それにしても今回の短篇集、SF仕立ての話を含みつつも、とてつもなく悲しい作品ばかりです。どうしてこんな悲しみを抱えながら生きていなければ、生き続けなければならないのでしょう? 先のダイアリーにも書きましたけど、読み終わった時に『旅に出る時ほほえみを』の主人公《人間》の人生と重なる読後感です。時代も国も全然異なる作品なのに、同じものを読んだような読後感を味わっているのはあたしだけでしょうか?

なんとなくシンクロしている?

昨年末の紅白歌合戦で、坂道3グループが「シンクロニシティ」を一緒に歌ったからでしょうか? 年明けに読んでいた本の内容がちょっとシンクロしていまして……

新刊の『旅に出る時ほほえみを』ですが、とにかくあたしの期待以上によい作品でした。静かな哀しみ、そして正義の強さ、そんなものが感じられる作品なんです。

この作品の主人公《人間》が作りだした怪獣は地下探査ロボットです。地上の国境は軍事力によって警備されているので敵を攻めるには国境のない地下からというわけで開発されたわけではないのですが、国家の指導者はそういう目的に使おうと虎視眈々狙っています。

人類が何光年も離れた宇宙の彼方へ衛星を飛ばそうという時代においても、いや、そんな時代だからこそ足元の地下への興味、関心が強くなるのでしょうか? 《人間》からはそんな感情が読み取れるような気がします。そして地下への興味と言うことであれば、筑摩書房の新刊『短篇集ダブル サイドA』収録の「深」です。

こちらも地下へと潜っていく物語です。地下へと耐性を仕込まれた人間と読んでよいのか、人造人間的な人々が地下へ地下へと潜っていく話です。こちらも結末は悲しみに満ちていると感じられました。

「深」の方で地下へ赴くのは人なので、感情を持っているのはわかりますが、『旅に出る時ほほえみを』の怪獣はあくまで人間によって作られたロボットです。それが感情を持っていて人間を励まし慰めます。それがまた悲しみを誘うのです。どっちへ転んでも地下への冒険は悲しみを伴うものなのでしょうか?

いや、『旅に出る時ほほえみを』の悲しみは地下への悲しみではなく、現実社会の不合理に対する悲しみです。恐らくは当時のソ連の恐怖政治を揶揄している作品だと思いますが、これがどうしてなのか、現代にも十二分にリアルに迫ってきます。人類ってこれほどまでに進歩してない存在なのかと思わずにはいられません。