ASEANセット?

この数年の日本、外国の方が増えています。

観光客は言うに及ばず、日本で暮らしている方も多くなっていると感じます。

一時的なものか否かはともかく、最近は小中学校にも東南アジア出身の児童が増えているそうで、ある団地やマンションなど、日本人以外の方が過半を占めているところもあると聞きます。

そういう方々が一生懸命日本語を学んでコミュニケーションを取ろうと努力されているのはわかりますが、翻って日本人の方はどうでしょう? そういう方々の国の言葉を知っているでしょうか?

ペラペラ喋れるようになれるのであればそれに越したことはありませんが、せめて「こんにちは」「ありがとう」くらいの挨拶は相手の国の言葉でも言ってあげたいところです。

というわけで、東南アジア十カ国、いあゆるASEAN諸国の語学書、《エクスプレス》を集めてみました。細かな方言を除けば、これで一応は網羅できているはずです。

えっ、近所で一番多いのは中国人ですって?

もちろん、《エクスプレス》シリーズに中国語はあります。広東語、台湾語、上海語まで揃っています。ただ、中国語、それに韓国語は他にも選択肢がありますので、今回はあえてASEAN十カ国に絞ってみました。あとは世界の共通語、英語を揃えれば、「お隣の外国人」とも楽しく暮らせるためのツールが揃います。

こんなフェア、如何でしょうか?

今日の配本(18/11/15)

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この幅の広さよ!

自宅に戻って、所持している天野健太郎さんの本を集めてみました。

左の写真のとおりです。

手前の3冊は、あたしの勤務先の刊行物。中段は他社から刊行されたフィクション。一番奥の2冊は絵本です。

同じ人が手がけたとは思えないほど幅の広さを感じます。

それでも、天野さんにはもっともっと台湾の作品を紹介していただきたかったと思います。(中段の左側の書籍は香港の作品ですが……)

イベントなどの機会に何度か話をしたこともありますが、「女性の作家はいませんか?」なんて聞いたこともあります。手前に並んでいる龍應台は作家とはちょっと違うのでひとまずおくとして、呉明益やそれより下の世代で、天野さんが気になる女性作家の作品を出して欲しい、なんて伝えたことがあります。

そういう話も、本当に夢物語になってしまいました。

訳者としてだけでなく、台湾に関する発信者、台湾の作品の紹介者としても有能な方だったのに本当に残念です。

追伸:本日午後には複数の書店から「追悼天野健太郎フェア」をやるのでということで、注文が入り始めました。

本当に泥まみれ?

黄泥街が、原作者の故郷である湖南省長沙市に実在すると書きました。そのダイアリーでは地図上でその場所を示したわけですが、どんなところなのか見てみたいと思います。

そこでグーグルは諦めて、中国の検索サイト「百度」を使ってみました。グーグルと同じような使い勝手ですが、恐らく中国のことに関する限りグーグルよりも検索結果が豊富だと思われます。

すると、右のような写真がヒットしました。

地元の夕刊紙・長沙晩報に掲載された、1980年5月に撮られた写真のようです。キャプションには「書市」が無くなっているとありまして、その他にもいろいろ検索していると、かつての黄泥街は本屋が集まっていた通りだったようです。

また中国に「長沙社区通」というウェブサイトがあります。そこに「施工致泥浆泄漏 长沙黄泥街真成了“黄泥街”」という記事を見つけました。

2012年10月13日の記事ですが、黄泥街で工事があったらしいのですが、水が出て通り全体が水浸しになり、黄泥街の名前のとおり、泥まみれになってしまったという記事です。

ちょっと笑えますね。

国会も紛糾中?

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早すぎます……

今朝の朝日新聞に天野健太郎さんの訃報が載っていました。

まだ『おなじ月をみて』『自転車泥棒』が刊行されたばかりだというのに……

残念です。

合掌。

黄泥街はここにある!

いま、売れに売れている『黄泥街』ですが、《あるかなしかの街》という印象を持たれている方も多いのではないでしょうか?

ちなみに、中国語で「街」とは「通り」のことなので、日本語の「まち」ではありません。まあ、それくらいは本書を読んでいただければわかっていただけると思いますが、それでも「そのあたり一帯」という雰囲気は漂っていますね。

その「黄泥街」ですが、ググってみますと上の図のように実在します。見づらいかも知れませんが、真ん中あたりの茶色で縁取りされている、左右に延びている短い部分、そこが「黄泥街」です。

別のサイトで、もう少し拡大してみたのが右の図です。

真ん中あたり、赤いマーカーの近くに「黄泥街」という文字が辛うじて見えるかと思います。ここが「黄泥街」です。それほど長いとおりではないようです。ストリートビューがないので、実際の様子はわかりませんが、確かに実在する通りの名前です。

この黄泥街が何処にあるかと言いますと、中国の湖南省の省都・長沙市です。長沙と聞けば、中国史好きな人にはいろいろと縁のある都市です。湖南省自体も毛沢東の故郷として有名ですから、古代から近現代まで、歴史的な文物には事欠かない土地です。

というわけで、上の二つの画像は長沙市のものです。ググる時も「長沙 黄泥街」でググらないと、他にも中国全土には「黄泥」という地名があるようなので、いろいろとヒットしてしまいます。

で、その長沙市、もう少し広域を表示したのが左の図です。訪れたことがないので、どんな街なのか、街の中心街はどのあたりなのかよくわかりませんが、黄泥街はそれほど町外れという感じではないですね。東西と南北に延びる地下鉄が交差する「五一広場駅」からも近いようですから、それなりに繁華な場所なのではないかと予想しています。

ただ、そんなことよりも長沙市は、『黄泥街』の著者、残雪の故郷です。このあたりに住んでいたのでしょうか? 少なくとも長沙生まれの残雪であれば『黄泥街』という作品を創作するに当たって、その通りが自分の生まれ故郷の街に実在するとおりの名前であることはわかっていたはずです。

そのあたりのこと、何か書いてあるものはあるのでしょうか?

怒濤の第3刷

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イベント、あり?

朝日新聞の夕刊に載っていました。

岩松了さんのトークショーだそうです。

岩松さんと言えば『薄い桃色のかたまり/少女ミウ』で第21回鶴屋南北戯曲賞を受賞されております。

記事中にもあるウェブサイトはこちらです。

サイトにあるイベントの紹介は

現在の日本の演劇シーンを決定的に方向づけた「静かな演劇」。そのパイオニアであり、30年以上も先頭を走り続けながら、まことしやかな解説や体系化から、しなやかに身をかわしてきた岩松了。言葉を重ねるほど謎が深まり、謎が官能を濃くする唯一無二の劇世界を、本人と、岩松戯曲を体現してきた風間杜夫、坂井真紀とともに、紐解いていく90分間。

です。