読み方を間違えているのかも知れませんが……

どんどん読める割りに、あまり読み進んでいないような気もする、新刊の『マーティン・イーデン』です。

いや、非常に面白いんです。

とりあえず、全体の4分の1は過ぎて、だいたい3分の1くらい読み終わったところです。

ろくな教育も受けていないので全く教養を身につけていない主人公マーティンがひょんなことから知り合った三つ年上のお嬢様。そのお嬢様に釣り合うような人間になろうと涙ぐましい奮闘をするのです。それが切なくて切なくて……

マーティン、とっても愛おしいです。

この後、マーティンが晴れてお嬢様と結ばれるのか結ばれないのか、過去に読んでいる人であれば結末を知っているのでしょうが、初めて読むあたしはとにかくそんな結末も気になりますが、いま現在のマーティンの気持ちの揺れ動きがたまりません。

マーティンも絶対に自分とは釣り合わないとわかっているんだと思います。それとも教養を身につけジェントルマンになれればお嬢様と結ばれる可能性はあると信じているのでしょうか? ある意味、アメリカンドリームの物語なのでしょうか?

あたしだったら、鼻から諦めて努力しようなんて考えないだろうから、心の中でマーティンに「無駄な努力はやめておきなよ」とつぶやきつつも、「頑張れ、頑張れ」と応援している部分もあるのです。この身悶えそうな片思いのストーリーに現在どっぷりハマってしまっているのです。

一方、お嬢様の方は自分の言動によって下層の男性が教養に目覚め立派になっていくことに喜びを感じているようで、そこにはまるっきり恋愛感情などはないようです。いや、恋愛の種くらいは芽生えているのかも知れませんが、本人は全く無自覚です。むしろ蒙を啓かせてやっているということに充足を覚えているだけのようです。

この意識のすれ違いもたまりません。ただ、もしお嬢様の方がマーティンに対する自分の恋愛感情に気づいてしまったらどうなるのでしょう? ありきたりな表現ですが、いわゆる身分違いの恋ですよね。当然親には反対されるでしょう。その時にどういう行動を取るのか、楽しみです。

いや、結局この二人の恋愛物語は何の進展もなく物語は進行していくのでしょうか? とにかくこの長篇にハマっている現在です。果たして、『マーティン・イーデン』というのはこういう読み方、味わい方で正しいのでしょうか? 帯の惹句が気になりますね、絶望って……

実らぬ恋ですか? それはそれでたまりません。

人の命は儚くて

午後になって天気が持ち直してきた東京です。朝は小雨がぱらついていたのですが……

そんな曇天の土曜日、母とちょっと池袋まで出かけてきました。

その理由は、いとこが亡くなったからです。

一週間ほど前、いとこの娘から電話があり、母が先日亡くなって、通夜や葬儀は家族で済ませ、でも知らせないわけにはいかないからと電話をくれたのです。いとことはいえ、もう十数年来親戚づきあいらしいこともなかったので、別に知らせてくれなかったからといって恨み言を言うつもりはありません。でも折角知らせてくれたのだからお線香くらいは上げにいかないと、ということで母と二人出かけてきたわけです。

いとこは、父の姉の娘で、父と父の姉が10歳も歳が離れていたので、いとことあたしも一回り以上歳の差があります。ですから、いとことはいえ、あたしが物心ついた時には既に十分に大人側の人でした。

で、いくつだったのかを尋ねたら67歳だったそうです。

もうそんなになるかと驚きましたが、自分の歳を考えれば不思議でもなんでもありません。電話をくれたいとこの娘ももう40手前、世間では十二分におばさんの年齢です。

聞くところによると、出先から帰る途中のバスの中で意識失い、運転手さんや周囲の乗客の人が救急車を呼んでくれたり、AEDを取りに行ってくれたりしたそうですが、救急車で病院について死亡が確認されたような状態だったそうです。

年齢相応に高血圧とか、そういったものはありましたが、特に持病と言えるようなものはなかったそうで、警察は念のため他殺の可能性も考え、バスの中の防犯カメラの映像などもチェックしたそうです。

詳しいことはわかりませんが(いとこの娘も医者に告げられた正確な死因は覚えていないのでは?)、たぶん解離性動脈瘤といった類のものだったようです。こう言ってはなんですが、これが中途半端に命だけは助かったとしても、もし意識が戻らず寝たきりになったら、それはそれで残された家族もたいへんだろうなと思います。病気こそ異なりますが、5年ほど亡父の介護をしていた身からすると、家族に病人がいる苦労は理解できます。

そんなこんなで、いとこ家族が住んでいた池袋まで出かけ、先程帰宅したところです。いとこには息子と娘がいるのですが、どちらも未婚なので、だんだん親戚が少なくなってしまいますね。

結局どこも閉店してしまいましたよね

書店ガール7』を読み終わりました。

まだまだ続きが読みたいとも思いますが、ただ続きを書いたとしてもどんな展開が考え得るでしょうか? 沼津の小さな本屋のその後? やはり店長の職をなげうって東松島へ向かう?

うーん、それはそれでそれぞれに男女のロマンス的なストーリーは考えられますが、本屋の物語としては発展が考えられません。

残念ながら、スタートのペガサス書房にしても、今回の櫂文堂書店にしても、どんなに書店員が頑張ってもお店は閉店してしまいました。結果だけを追っていくと、結局本屋は閉店していくばかりな気がします。もちろん、今回も全国に千坪クラスのお店を数軒立ち上げる、なんていう展開も描かれていますが、至極あっさりと描かれているように、そこに物語を見出すことは難しいです。

そうなると、結局は「本屋は閉店するもの」という物語しか残らないのかな、と悲しくなります。

「いい本屋だったのに」という声は、ある書店が閉店になるたびに聞こえてきます。「だったら普段から、そこでもっと本を買ってればよかったんだ」という声も聞こえてきます。「いい本屋だったのに」という人に限って、そこで本を買ったことがなかったり、昔は買っていたけれど最近はとんとご無沙汰だったりするものです。

話を『書店ガール7』に戻しますと、沼津の書店も東松島の書店も、「自分一人、なんとか食えれば」のレベルでも数年もつでしょうか? 非常に疑問です。もちろん本以外の商材を扱うことによって利益を確保する、という方法を講じれば話は別ですが、それでも本屋を続けていけるほどの副業(?)ってあるのでしょうか?

主人公たちの奮闘はわかりますが、地方でどれだけ頑張れるのか、あたしは疑問です。やはり東京や大阪など大都市圏ですと周囲にそれなりの人口があるので細々と続けていくことは可能でしょうが、人もまばらな地方では……

そうなると、ことは本屋とか出版界とかの問題ではなく、都市と地方の格差、過疎の問題、限界集落をどうするか、そういった問題になってきてしまい、『書店ガール』ではないですね。前巻までの舞台のひとつであった常磐線の駅の書店にしても、地方の駅にあったらどうでしょう?

いや、地方の鉄道駅にはそもそも本屋なんかないですよね? 来る電車は一日に数本か十数本、乗降客数も数えられるほどでは、本屋でなくても商売にならないでしょう。

愚痴っぽくなってしまいましたが、東京一極集中を何とかしないと、本屋に限らずどんな商売も地方では成り立たなくなってしまいますよね。

品切れで申し訳ありません

こんな映画が公開になるのですね。

チューリップ・フィーバー」です。

「この邦題、ちょっとどうなのよ?」という気も少しするのですが、原題そのままなんですよね。

 

ところで、実はこの原作本、邦訳はあたしの勤務先から出ていたのです。『チューリップ熱』です。

しかし、残念ながら現在在庫僅少、この映画の公開を前に問い合わせや注文がぱらぱら来て、もう在庫がない状態です。新刊ではないので、市場在庫もどのくらいあるのでしょうか? 申し訳ありません。

が、映画公開に合わせて、河出文庫から『チューリップ・フィーバー』として復活になるようです。

遺伝子組み換え

もう一つ、朝日新聞の紙面から。

遺伝子組み換え食品に関する記事です。

最近あまりニュースで見かけなくなったなあ、ある程度のガイドラインができたのかな、と思っていたのですが、そうでもないようです。

もう5年も前になりますが、『遺伝子組み換え食品の真実』という書籍を刊行していました。当時のアメリカの状況をレポートした、なかなか衝撃的な内容です。

いまだに古びていませんので、この機会に是非どうぞ!

たまには朝刊にも

今朝の朝日新聞にこんな記事が載っていました。

亡くなった蜷川幸雄さんの遺志を継ぐ劇団の活躍を報じているようです。

そんな記事の中に見覚えのある名前が……

○○トアル風景』のノゾエ征爾さんです。

記事にあるさいたま芸術劇場絡みでは、他にも岩松了さんの『薄い桃色のかたまり/少女ミウ』といったものも出しております。

ご興味のある方、戯曲ではありますが、是非どうぞ。

こんな感じで並べてもらえると、あたし的には幸甚!

本日は『新訳ベケット戯曲全集2』の見本出しでした。店頭に並ぶのは来週半ば以降になると思います。

全4巻予定なので、ちょうど半分です。

左の写真のように、既刊の『新訳ベケット戯曲全集1』と一緒に並べていただけると、非常に嬉しいです。

今回は「実験演劇集」として、この暑さとしてはずいぶんたくさんの戯曲が収録されています。「実験」というくらいですから、どこまでベケット自身がそれぞれを完成形と考えていたのでしょう?

そんなことを思いながら読んでみるのも面白いのではないでしょうか?

著者サイン、ゲット!

新刊『台湾生まれ 日本語育ち』にサインをいただきました。

本書は単行本が爆発的な人気を博し、ここしばらくは在庫僅少、そしてほぼ品切れ状態になっていたのですが、書店や読者からのリクエストの多い本の一つでした。

このたび、晴れてUブックス化!

ただし、単行本をそのままUブックスにしたのでは芸がありません。単行本刊行後に執筆された三篇を加えた増補版として再登場というわけです。

装丁も、著者お気に入りの単行本の装丁を限りなく踏襲しています。

今後は、『来福の家』ともども、新書版の『台湾生まれ 日本語育ち』をよろしくお願いします。

あさひなぐ

舞台版「あさひなぐ」のBlu-rayをゲットしました!

映画版はずいぶん前に出ていたので、舞台版はかなり遅れた印象を受けます。そもそもは舞台の公演が先で、映画はその数ヶ月後に公開だったはずですから、円盤は順番が逆になってしまいましたね。

そして、映画版に比べるとパッケージがずいぶんと薄いです。BOXは半分か3分の1くらいの厚みしかありません。写真集的なものがないからでしょうか? ちょっと残念です。

そして特典付録はポストカードが4枚。左から未央奈、若、飛鳥、みさ先輩の4名でした。これはパッケージによってメンバーが異なるのでしょうか? 他にも出演者はいたわけですからね。

さゆ、生駒、きいちゃん、新内のポストカードをゲットした人もいるのでしょうか? まあ、このあたりはネットを見ればすぐにわかることですね。

そして、付録はもう一つ、チケットホルダーというのでしょうか? クリアファイルが付いていました。左の写真の一番下です。

それともう一つの付録は、最初の写真に写っているお守り、必勝御守です。映画版は赤、舞台版は紫のお守りでした。果たして、どの程度のご利益があるのでしょう?

そうそう、数日前にWOWOWで映画版の「あさひなぐ」が放送されていましたけど、Blu-rayも発売されたので、舞台版もCSで放送されるのではないでしょうか? そんな気がします。

あっという間の栄枯盛衰?

今朝の朝日新聞です。

中国のシェア自転車については、少し前に『中国新興企業の正体』でその隆盛ぶりを読んだばかりでした。

同書には、シェア自転車以外にもいくつかの中国発の新ビジネスモデルが紹介されていて、いずれも近い将来日本に上陸し、2本のマーケットを席巻するのではないかという勢いで描かれていました。

しかし、今日の朝日新聞を見ると必ずしもうまく行っているわけではないのですね。それも、いかにも中国らしいつまずき方だと思います。恐らく、同書で紹介された他のビジネスでも似たような事態は起こりうるでしょうし、実際に既に起こっているのではないでしょうか?

2018年9月18日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー