気になる症状

明日は朝刊がお休み。なので、明日発売の週刊誌の広告が今日の紙面に載っていました。

気になったのが下の「週刊ポスト」です。

この広告の中の何が気になるって、中央上部に見える「体調不良」の文字です。

その左側を見ると、「左だけ肩が凝る」「頭痛はいつも右側」などとあります。これ、あたしの症状そっくりなんです。

肩こりは右ですが、毎朝、寝違えたかのように首から肩にかけて痛みます。枕が合っていないのかも知れません。頭痛は、このダイアリーでも何度か書いていますが、先日久しぶりに左後頭部が痛む頭痛がありましたが、このところはずっと右側、後頭部、右の後ろのあたりが痛みます。

これは明日、「週刊ポスト」を要チェックですね!

B級どころかC級?

昨日に引き続きホラー。本日は「都市伝説 長身の怪人」と「ナイトライト-死霊灯-」の2本。

 

まず「長身」の方ですが、これはとあるテレビクルーが突然失踪した一課の家を取材したときに残されたビデオテープを見つけ、それを見たところ、単なる失踪や夜逃げとは違うと確信するのですが、彼らの身に恐ろしい現象が起こり始める、というもの。

長身の男が殺しに来るとかいう都市伝説は全米に流布しているようですが、それをベースにした作品です。ただ、根が都市伝説なので、長身の男の正体もわからなければ、助かる方法もわからず、結局主人公たちも全員やられ、長身の男は次なるターゲットを追っているという結末。

続いての「死霊灯」は悪霊が住むと言われ、そこへ入ったら生きてでてきた人はいないと噂される森を舞台にしたホラー。これってまるっきり「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」の亜流、二番煎じではないでしょうか? 森の中に教会があって、そこへ逃げ込んでも救いにはならず、結局みんな殺されるってところまで。

「ブレア」では続編は姉の失踪の謎を追う弟の物語になっていましたが、本作は、自分が冷たい態度を取ったためにこの森で自殺した級友のことがトラウマになっている少女が主人公です。この森に住み着いているのが自殺した少年の怨念なのか、単なる悪霊なのか、そのあたりの判別はストーリー中では明かされませんが、たぶん後者なのでしょう。

さて、本日干渉した2作品はどちらもハンディービデオで撮影されていたフィルムが偶然見つかって、というスタイルの作品。パラノーマル以来、この十数年、流行っていますね。あたしも何本か見ていますが、結局、あんな極限状態でもカメラを回し続ける、自分の身の安全よりもカメラが回っていることが大事という設定が強引すぎて付いていけません。

普通に考えたら、あんな状態でカメラを持って逃げ回るなんて嘘でしょ? それに手から滑り落ちても、都合よく主人公たちなり悪霊などが映るような角度になっていたりして、たいていの機械は落としたショックでストップしてしまうのではないでしょうかね?百歩譲って暗い森の中ではカメラの照明が懐中電灯代わりになると言っても、その理屈が通じるのは最初のうちだけだと思うのですけど。

それにしても、WOWOWで放映されるホラー映画ってものすごく差がありますね。面白い(?)というか、これぞ傑作というホラーが放送されることもあれば、「これのいったいどこが怖いの?」というものまで。まあ、あたしみたいにB級、C級ホラーファンもたくさんいるから、これくらいでよいのですかね? 一流作品ばかりでは放映権料を買うのに金がかかってしょうがないでしょうし。たぶん、こういうB級と抱き合わせで購入しているのかも知れませんね。

枯らすのか、枯れるのか?

先日、シマホで買ってきたお花。

プランターに植え替えて、ご覧のように門の前に置いてあります。咲いている、咲きかけているのを買ってきたわけですから、とりあえずはこのようにきれいに咲いています。枯れたら、また別のものを植え替えるのでしょう。

母が一生懸命やっているのですが、あたしはこういったものにとんと疎いので、見ても花の種類すらわかりません。母と買いに行ったときは、見映えと色だけで「これがいい、あれがいい」と言うだけです。

基本的に花は紫とか青とか、そういう系統の色が好きです。乃木坂カラーと言えなくもない感じの花が好きです。

神保町に来ないと?

先程、神保町にオープンした新しい書店のことを書きましたが、併せて学生が本を買わないということも書きました。

で、思い出したのですが、あたしが学生のころ、と言いますか、大学一年生になった当時は、最初の週末に先輩が神保町の中国関係の書店を案内してくれるイベントがありました。実際のところ、参加する新入生は10名前後だったと思いますし、誰もが参加しなければならない必須の行事というわけではありませんでした。

翌年からは、こんどは自分たちが新入生を案内する側に回りますが、あたしが4年生のころには、もうそんな行事も参加する新入生はほとんどいなくて、大学院のころや社会人になったころには、神保町巡りは行なわれなくなっていたと思います。

意欲ある新入生が減ったのもあるでしょうが、上級生にしても、そういった学外の時間も一緒に過ごすような関係を敬遠するタイプが多くなってきた時代なのだと思います。サークル参加者が集めにくくなってきたのも、この頃からだと思います。

さて、あたしが学生時代の神保町書店巡りは、まずJRまたは都営三田線の水道橋で降り、すぐ近くの中華書店に寄るところからスタートしました。その後、白山通りを神保町交差点に向けて南下する途中に海風書店という台湾系の書店がありました。そして神保町交差点の近くには燎原書店があり、靖国通りを渡ると内山書店と東方書店が斜めに向き合うようにありました。靖国通りを九段下の方に向かうと専修大交差点の手前に山本書店があり、逆方向、神田駅の方へ向かって南へ折れると、亜東書店があり、このくらいが輸入書籍を扱っている本屋でした。

中国文学や中国思想の専攻がある大学はそれなりの数に上ると思いますが、やはり原書が手に入りやすいという意味では、これだけ専門書店が集まっている東京は恵まれた環境だったと思います。地方の人はどうしていたのでしょう? またこれに加えて、江戸期の漢籍や漢文などを中心に扱う古書店も何軒かありましたから、あたしなど、授業の合間に定期券もあり、白山駅から神保町はすぐに行けるので、しょっちゅうぶらついていたものです。

で、大学4年生の時と大学院修士二年間はあたし自身が東方書店でバイトをしていたのですが(店舗ではなく他の部署です)、お店に行くとよく「最近は全然学生っぽいお客さんがいないよ」と言われました。あたしが学生のころ、つまりバイトではなくお客として東方書店を利用していたころは、あたしのようにしょっちゅう通っていた学生もたくさんいましたが、少なくとも年度初めには指定されたテキスト(論語や史記の原書などなど)を買いに来る学生で賑わっていたそうです。

それが、あたしがバイトをしていたころには春先も集団で原書を買いに来たりする学生をほとんど見かけなくなっていたそうです。時には「先生方は市販の教材を使っていないの?」とお店の人に聞かれることもありました。あまりにも学生が買いに来ないので、先生がプリントをコピーして教材にしているのではないかと思ったようです。

と、そんな時代から数えると、もう30年弱の時間が経っています。学生が本を読まない、本を買わないというのは昭和の時代から現われていた現象だったというのがわかります。学問ですから、本を買えばよいというものでもありませんが、最低限必要な書籍は手元に置いていないと話にならないという常識が常識ではなくなったのが、昭和から平成に変わるころだったようです。

2018年5月6日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

学生は本を買わない

本日の朝日新聞の記事です。神保町交差点そばにあった岩波ブックセンター信山社の跡地にあたらしい書店がオープンしたという記事。

このお店、あたしの勤務先のご近所なんですが、まだ行っておりません(汗)。いつでも行けると思うとなかなか行かないもので、どんな風に変わったのでしょう?

ところで、この記事に三省堂書店の松下さんの言葉が紹介されています。

チェーンの飲食店やドラッグストアが増え、「独自性がなくなりつつある」。古書店の中には神保町を倉庫として利用し、実店舗を構えない店もある。近くには大学も複数あるが、新年度などの教科書の購入が必要な時期以外で、大学生を見かける機会は少なくなった

確かに、もう25年も神保町で働いていて、学生時代から数えると30年以上になりますが、古本屋が減ったなあという印象はあります。言葉どおり、どこででも見かけるチェーン店が多くなったのは神保町に限らないと思いますが、古本屋が廃業してそこにそういったチェーン店がオープンすると、やはり寂しいものを感じます。

では、お前はふだんどれくらい古本屋を利用しているのか、と問われれば実はここ十数年、たまに覗くことはあっても買ったことはありません。学生時代と現在とでは必要とする本の傾向が変わったというのが主な理由です。

学生時代は東方書店や内山書店で中国から輸入される原書を買いまくっていましたし、漢文関係の古書もバイト代が入ると買いに走っていたものです。現在はもっぱら新刊の小説などを買うことが多いので古本屋を利用する機会が減っているのです。

また学生時代は文庫や新書も、新刊で手に入らないものは古書店を探しまわったりしたものですが、そういうものはあらかた学生時代に買ってしまったので、古書でないと手に入らないものも少なくなりました、文庫や新書に関しては。

で、再び松下氏の言葉ですが、「大学生を見かける機会」が少ないとあります。あたしが社会人になったころ、主力である語学書は大学の近くの本屋でよく売れると言われたものです。もちろん大学内の書店も同様で、春先の営業では大学内や付近の書店への営業が主でした。小さいお店でも学生や先生が訪れるので、それなりに高額な本、専門的な本が売れる、というのが常識だったのです。

ところが最近はまるで違います。

大学生協の品揃えは、一部の大学を除くと書籍は縮小傾向にあり、中には教科書シーズンの時だけ会議室などを借りて教科書を販売し、通年では書籍を扱っていないところもあります。否、そういうところはそもそも生協が最初からなくて、教科書シーズンには地元の書店や丸善などの外商部が出張販売をしている場合が多いようです。

学内がそんな状況ですから、大学の近くにある書店も推して知るべしです。昔ながらの縁で位までにそこそこ語学書を扱ってくれている書店もまだまだ多いですが、だんだんと縮小傾向に感じます。大学付近の書店への春先の営業も昔ほどは積極的ではなくなってきました。

これが大学生の現状と言ってしまうと一方的な意見ですが、書籍の購入という点で言えばそれほど的外れな意見ではないと思います。売れないから置かない書店、置いてくれないから営業に行かない出版社、という悪循環で割りを食っているのは真面目に勉強し、本も買いたいと思っている学生さんでしょう。身近なところに書店がないから、あったとしても品揃えが満足できないから、結果としてアマゾンへ向かうのだと思います。