百年後、千年後にデータを伝えるには、やはり紙なのでしょうか?

本日の朝日新聞の記事です。

電子データの保存についてですね。DVDとかBlu-rayって、何十年か何百年もすると、それ自体が劣化して読み出せなくなってしまうのでしょうか? 確かに磁力に弱そうなので、保管場所次第では数年でダメになってしまいそうな気もします。

そういう問題とは別に、読み出す機器があるのかどうかという問題がありますね。少し前にこのダイアリーに書きましたが、いまやFDやMOに保存してあるデータをどうやって再び読み出せばよいのか、それが問題です。このままではDVDだって似たようなことになりかねません。

現状ですと、microMDなどがパソコンでもスマホでも一番使われていると思いますが、デジカメの記録メディアの変遷を見てもわかるように、これだって10年後も標準的な保存メディアなのか不安です。果たして、数百年後の人類に伝えるための媒体としてふさわしいのはどれなのでしょう?

こういう記事を読むたびに思い出されるのは『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』です。同書の中で、ウンベルト・エーコは、書物という媒体は出来上がったときに既に完成形であったと指摘しています。書物は、確かに腐食とか燃焼とかの心配はありますので完全無欠のものではないですが、それでも数百年前の書物をわれわれはそのまま読むことができます。特別な装置を使わなくても利用できるという点では確かに完成形の媒体です。そこがフロッピーやDVDなどと異なる最大の点であり、アドバンテージです。こんな書物を越える記録・保管メディア、人類は発明することができるのでしょうか?

巨象と巨龍

昨日の朝日新聞です。

インドと中国が接近しつつあるというニュースです。

 

こういうニュースについてもっと深く知るためには本を読むのがよいわけですが、日本では中国に関する書籍は多い反面、インドに関するものははるかに少ないのが現状です。

が、あたしの勤務先では『モディが変えるインド 台頭するアジア巨大国家の「静かな革命」』がありますし、近刊『沸騰インド 超大国をめざす巨象と日本』ももうじき発売となります。いましばらくお待ちください。

その一方、この両大国に挟まれたビルマ(ミャンマー)の地政学的な重要性にも注目するべきだと思います。『ビルマ・ハイウェイ 中国とインドをつなぐ十字路』が、そのよき道しるべになることでしょう。

ありますよ!

『ナイロン100℃ シリーワークス』ですが、書店店頭はおろか、ネット書店でも軒並み品切れですが、重版が出来ました。なので……

上掲のように、紀伊國屋書店新宿本店には在庫あります。

たぶん、現時点でも「在庫あり」のはずですが、いつまで在庫ありなのかはわかりませんので、売り切れていた場合はご了承ください。

書を買って家に籠もろう!

世間ではゴールデンウイークが始まりました。いや、あたしの勤務先もカンレダー通りなのでゴールデンウイークですが……(汗)

今週は週初めから、朝の情報番組などでは盛んに「いよいよ今週末からはGWです。皆さん、お出かけの予定は立てられましたか?」といった女子アナたちのトークが聞かれました。ご丁寧に「今からでもまだ間に合う」といったイベントや旅行の情報を特集したりまでして、どれだけ国民を外へ連れ出したいのでしょうか?

外へ出ると交通費もそうですが、何かとお金を使う羽目になります。そもそも情報番組などで紹介しているもので、お金のかからないものってどれくらいあるのでしょう? ほとんどが財布の紐を緩めさせようという企画ばかりに感じます。

本当に一部の人を除いて、庶民レベルではまだまだ景気がよくなったとは言えない現状。外へ出かけるよりも、自宅に籠もって本でも読んでいた方がよっぽどマシだと思います。本を買うのにはお金がかかりますから、前言と矛盾しそうですが、本って、レクリエーションの中では格段に安いものだと思います。一回ディズニーランドへ行くことを考えたら、文庫本を何冊買えるでしょう? それに前に買ってあったけどまだ読んでいない本だって、家の中を探せば何冊かはあるはず。そう言うのをこの機会に読めばよいと思います。

と、出かけるな、家に籠もろうと訴えている舌の根も乾かないうちになんですが、あたしのGW初日は休日出勤でした。

上の画像のような催しがあったので、それに出かけて行きました。実は、昨日は日本翻訳大賞の授賞式もあったのですが、こちらがあったので翻訳大賞は参加できずじまいでした。

で、その会場で書籍の展示販売を行ないました。

新刊『ニュルンベルク合流 「ジェノサイド」と「人道に対する罪」の起源』の著者が来日しているのです。この本、上の写真でもわかるようにかなり分厚いです。値段も本体価格で5200円もします。

でも、東欧のある街とそこで交錯する人々の運命、それにニュルンベルク裁判を絡めつつ、著者のルーツに分け入るという、小説よりも小説のような一級のノンフィクションです。

訳者あとがきで本書にまつわるいくつもの「偶然」が挙がっていますが、昨日のイベントのコーディネータである沼野さんが昨年、原著者のこともこの本のことも知らずに著者の講演を聴く機会があったという偶然、その後たまたまうちの編集者に「面白い本があるから出してみたら」と提案した偶然、しかしその時点で既に企画が通っていて既に翻訳出版に向けて動いていたという偶然。

本書はそんな偶然が幾重にも折り重なった本であり、そういう偶然を引き寄せる力を著者が持っているのかも知れません。

文庫クセジュもあります!

日本経済新聞の、こんどは読書欄。津村記久子さんのコラムです。

ここに出てくる『モラル・ハラスメント 人を傷つけずにはいられない』は紀伊國屋書店の刊行物です。

紀伊國屋書店からは同著者で『モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする』という本も出ていますが、同著者であれば、あたしの勤務先の文庫クセジュにも一冊あるのです。

 

それも同じタイトルで『モラル・ハラスメント 職場におけるみえない暴力』と言います。

三者三様、それぞれ着目しているところが異なりますので、関心のあるところを是非どうぞ。

たまには日経から

自宅では朝日新聞を購読しているので、そこからの記事紹介が多いですが、本日は仕事で出社しているので日本経済新聞を開いてみました。

すると、読書欄ではありませんが、こんな記事が載っていました。

 

行政改革の記事です。

であるならば『自民党と公務員制度改革』がお薦めです。本書の著者は、いみじくも日本経済新聞の記者の方。記事のタイトルになっている「橋本行革」も踏まえ、「戦後政治と向き合った福田康夫、麻生太郎、渡辺喜美、甘利明の「総合調整」を巡る戦いを、綿密な取材で浮かび上がらせ」た一冊です。

いつの間にか人気沸騰?

今朝の朝日新聞別刷「be」です。

近畿大学と東洋大学が人気なんだそうです。

おお、わが母校、頑張っているなあ、と少し誇らしく感じます。あたしが学生のころって、三流以下の大学と思われていたのではなかったでしょうか?

確かに野球は強かったですし、駅伝もそこそこでしたけど、やはり地味なイメージが専攻し、お坊さんの大学だと思われていた節もあります。世に言う「日東駒専」も「日本大学、東海大学、駒澤大学、専修大学」だと思っている世間の人が多かったような……

しかし、時代は変わったんですね。

確かに都心部にキャンパスがあるのは魅力なんでしょうね。あたしの勤務先のすぐ近くにキャンパスを構える明治大学がよい例だと思います。明大は文系1、2年生の和泉キャンパスですら渋谷や新宿から電車で10分程度、十分に都心と言える立地です。理系だって生田ですから(駅からちょっとありますが)、八王子の山の中の大学に比べれば都心からそれほど遠いわけではありません。

近畿大学のマグロのように独自の取り組みも大事ですが、東京ではどこにキャンパスがあるかが、そこへ通う学生の人気に影響しますから、都心へ戻っている大学が多いです。青山学院なども渋谷にあるからこその「アオガク」なので、昔あった厚木のキャンパスは何年間使われていたのでしょう?

 

こういうことになるわけよね

前のダイアリーに書いた、ヒトラー関連書籍の件。

例えば、並べるとこんな感じになります。

とりあえず、マンシュタインとハイドリヒを並べてみました。面陳もよいですが、最近の書店ではキューブ型の透明プラスチック什器を使っているお店も増えてきましたので、そういうところに立てて並べてみるというのも面白いかと思います。

こんな風な並べ方も出来ます。その他にも『ローズヴェルトとスターリン(上・下)』なんていうのもあります。

って言うか、そもそも上の写真のように「立てられる本」ばかりというのはどうなんでしょう? そりゃ、上製本でそこそこのページ数があれば立ちますけど、あたしの勤務先の場合、立ててもものすごい安定感のある厚みの本が多すぎませんかね?

既に棚から消えてしまっているのでしょうか?

作品社から『マンシュタイン元帥自伝』という本が出ました。

  

マンシュタイン本人のものですと過去に『失われた勝利(上) マンシュタイン回想録』『失われた勝利(下) マンシュタイン回想録』が中央公論新社から出ていますが、今回は自伝なのですね。

そしてそして忘れてはならないのが、あたしの勤務先から出した『ヒトラーの元帥 マンシュタイン(上)』『ヒトラーの元帥 マンシュタイン(下)』という評伝です。作品社の新刊の隣に、うちの本は並んでいるでしょうか?

やはり新刊でないし、上下本というボリュームのために棚から消えてしまっている書店も多いようですね。この機会にもう一度並べていただけると嬉しいです。

ちなみに作品社は、マンシュタインの前には『「砂漠の狐」回想録 アフリカ戦線1941〜43』というロンメルの本も出していましたね。あたしの勤務先と合せると、ヒトラーとその群像の一大フェアが出来そうです。

朝鮮族の思い

北朝鮮と韓国、今日は歴史的な南北会談と言われています。

ひとまず朝鮮戦争が終戦を迎えるのでしょうか? あたしなどからしても、知識としては知っていましたが、朝鮮戦争ってまだ終わっていなかったんだ、と思った人は多いのではないでしょうか?

いや、若い世代ですと、朝鮮戦争って歴史の教科書の話ですよね?

それはともかく、朝鮮戦争が終戦を迎えたからといって一気に南北統一に向かうわけではないでしょう。ただ、その機運というか、期待が盛り上がるのも事実だと思います。緩衝地帯としての「北」を維持したい中国としては悪夢のシナリオかも知れませんが……

そこで思い出されるのが、中国東北地方に住む朝鮮族のことです。

最近読んだ『辺境中国 新疆、チベット、雲南、東北部を行く』で改めて気づかされたのですが、朝鮮人って南北朝鮮にだけ住んでいるわけではないんですよね。仕事や学業で海外移住している人は別として、中国の東北地方にもかなりの人数が住んでいて、中国では少数民族の一つとして扱われています。

ただ、現代では中国国内に住んでいるだけであって、朝鮮人の中には「このあたりはもともと自分たちの国の一部だった」と考えている人も多いようです。北と南、そして中国東北部の三つのコリア、というわけです。

確かに、歴史を遡ってみますと、正確な国境線など引けませんが、あのあたりを朝鮮の王朝なり政権が統治していた時代はあったわけで、朝鮮人の主張にも一理あることがわかります。朝鮮人から見たら、満州人(女真族)などに言われるならまだしも、中国(=漢民族)から「ここは中国の領土だ」と言われるのは腑に落ちないのではないでしょうか?