きっかけ

11月9日に乃木坂46ニューシングル(16枚目)が発売されるというのに、いまだタイトルも選抜メンバーも発表されていないということで、ファンの間ではやきもきとした空気がかなり濃厚に漂っています(笑)。

そこまで追いかけているわけではないので「いつもなら」ということは言えませんが、それでも発売の一か月前には歌番組や冠番組などでの披露というが一般的だったように思います。「ああ、こういう曲なんだ、結構いいんじゃない」と思ってもらい、そして購買に結びつける、というのが自然な流れではないでしょうか?

が、既に一か月前だというのに、握手会などのスケジュールは発表され、初回特典などもアナウンスされているというのに、肝心の曲がどうなるのか、そしてファンにとってはそれなりの関心事である選抜メンバーがどうなるのか、誰がセンターなのか、といったことがまるっきり霧の中です。

いや、あたしはそこまで熱くなっているわけではありません。気にならなくはないですが、誰が選ばれても、誰がセンターでも、そしてどんな曲であってもCDを買うことに変わりはないのですから……(汗)

ただ、ファンサイトでのヲタたちの発言を見ていてちょっと不思議に思った、と言いますか、思い出したことがあります。

それは、日本のアイドル歌手の場合、シングルが発売され、そのシングルが何枚かたまったらアルバムを出すという流れが主流だということ、それに対して欧米の歌手の場合、まずアルバムを出し、そこからシングルカットされていくという流れが一般的であるという、その違いです。

いえ、別にすべての歌手がそうであると断言できるほどの材料を持ち合わせているわけではありません。ただ、あたしが(CDなんかまだなかったので)レコードを買うようになった中学、高校のころは、松田聖子や中森明菜がデビューしたころで、こういったアイドル歌手はシングル先行で、それらを収録したアルバムが後から出るのが普通だったと記憶しています。それに対して、当時は洋楽が人気を博した80年代ですが、そのころ流行っていた洋楽のスターたちはまずアルバムを出し、そこからシングルカットをしていったと記憶しています。

中学生や高校生ですから子供心にという表現はふさわしくありませんが、とにかく日米(アメリカだけでなくイギリスも含む)のレコードの発売の仕方の違いに新鮮な驚きを覚えたものです。

ということで、話は戻って乃木坂46です。

乃木坂46は「透明な色」「それぞれの椅子」という二枚のアルバムを既に出しています。ファーストアルバム「透明な色」はそれまでのベスト盤的な性格の濃いものでしたが、それでも新曲が何曲か含まれています。そしてセカンドアルバム「それぞれの椅子」も、ファースト以降のベスト盤的な構成ではありますが、やはり新曲が入っています。

その中の一曲「きっかけ」はファンの間でも名曲と評価が高く、アルバム発売直後の歌番組でもしばしばこの曲が披露されたこともあるくらいです。またミスチルの桜井がこの曲を気に入り、コンサートで歌ったということも話題になりました。

なので、あたし的には「16枚目はどんな曲?」と焦らされるくらいなら、先行するアルバムからのシングルカットでもよくはないか、そう思うのですが……

たまにはホラー以外も鑑賞

先日WOWOWで放送された「カンフー・ジャングル」を視聴。

 

タイトルどおり、カンフー映画です。往年のスターたちがちょこちょこ出ているようなのですが、カンフー映画をそれほど見ているわけではないあたしには、ブルース・リーとジャッキー・チェンくらいしかわかりませんでした(汗)。

さて、ストーリーはそれほど凝ったものではありません。若気の至りで対戦相手を殺してしまった香港警察の元武術教官。その服役中に、武術の達人ばかりを狙った殺人事件が起こります。さまざまなジャンルのカンフーの達人ばかりがターゲットになっていることから、元教官は捜査協力を申し出て釈放され、犯人を追います。

まあ、最初からカンフーのジャンルというか七名ほどの達人の名が明かされるので、この人たちが順番に殺されていって、最後は主人公である元教官と犯人が対決して終わるのだろう、という予想ができます。そしてほぼそのとおりの展開。達人が全員やられたのかはわかりませんが、たぶん5名くらいまでしかやられていないのでは?

で、元教官と犯人との死闘。もともと犯人がこの教官を最終目標に定めていることはなんとなくわかります。で、映画の展開上でも、実は犯人が服役中の元教官へ面会に来ていたという事実が明かされたり、犯人の犯行を示唆するような手紙が元教官に届いていたりと、実は元教官と犯人は最初から面識があったわけです。どこの誰ともわからない、謎の犯人を追いかけているわけではありません。

それにしても、犯人は各ジャンルの達人を倒すほどの武芸をどこで習得したのでしょう? 回想シーンで元教官が、自分が武術上達のコツを教えてしまったと後悔しているところがありますが、そんなことだけであのレベルに達するのでしょうか? それに愛する妻を亡くしてしまう(安楽死なのか、最後は自分で首を絞めて殺してしまったわけですが)というサイドストーリーがあるわけですから、それが連続殺人へ向かう何らかの伏線になっているのかと思えばそうではありません。このあたり、若干犯人にも感情移入できそうなところなのに活かし切れていなくてもったいないですね。

安住の地は何処?

昨日のTBS系「報道特集」の特集の一つは「中国・人権活動家の苦難」でした。

 

中国における人権活動家の苦難は『中国 消し去られた記録』などにも克明に描かれており、本人だけではなく、その家族にまで政府の監視が行なわれているわけで、海外に亡命する活動家も少なくないようです。しかし、文春新書『「暗黒・中国」からの脱出』を読むと、これまで活動家の逃避地でもあったタイなども決して安心して潜伏できる地ではなくなっているようで、著者の顔伯鈞氏が報道特集にインタビューで登場し、答えていました。

東南アジアは、四川省や雲南省から地続きで越境でき、渡った先には逃亡者を匿ったり逃がしたりする組織などもあるようです。しかし中国政府はタイ政府などに圧力をかけ、活動家らの逮捕・引き渡しを行なわせているようです。迫害を受けて亡命・逃亡している人を本国に引き渡すというタイ政府の姿勢も問題ありですが、そもそも彼らが亡命せざるを得ないような状況に追い込んだ中国政府の弾圧が、そもそも国際的な人権感覚に照らし合わせてみた場合におかしなものであるということです。

来年の、5年に一度の党大会に向けて、引き締めや弾圧を厳しくこそすれ緩めることはないと思われる中国政府ですので、ここはやはり経済的に中国に依存している東南アジア諸国では歯向かうのは難しいでしょうから、西側が結束して働きかけるしかないのではないでしょうか? とはいえ、その西側ですら、中国市場から閉め出されるのを恐れ、中国に媚びを売るような態度に終始して、人権などで中国に毅然とした態度を取れなくなっていますから、どうしようもないですね。

顔伯鈞氏をはじめ、海外に暮らす活動家が一日も早く中国へ戻って家族と平和に暮らせる日が来ることを願います。たぶん、そういう存在の最大なのがダライ・ラマなのでしょう。チベットや新疆は民族問題、宗教問題という別の問題も絡んで、特に独立という領土問題があるので、なおさら厄介ではありますが、これも解決の糸口はあるのでしょうか?