呪怨

WOWOWで「呪怨 終わりの始まり」「呪怨 ザ・ファイナル」をつづけて放送していたので録画して視聴。

 

とはいえ、佐々木希主演の「終わりの始まり」は以前にも放送され既に視聴済みだったので、今回は平愛梨主演の「ザ・ファイナル」の方を。前後編という作品ではありませんが、「ザ・ファイナル」は完全に「終わりの始まり」の続編、後日談となっています。やはり両方視た方がストーリーはわかりやすいとは思いますが、かつての「呪怨」を視ている人がこの作品を視たらどう思うでしょうかね?

まず「終わりの始まり」の方は念願の小学校教師になった佐々木希、でもクラスに一人、登校してこない生徒がいます。生徒が俊雄くんです。その子の家庭を訪問したりするうちに、佐々木希の周囲でおかしなことが起こり始め云々、というストーリー。いくつかの物語が並行して描かれるところは一番最初の「呪怨」のようです。

が、怖くないです。既にパンツ一丁で真っ白な体の俊雄にしろ、ちょっと貞子っぽい伽耶子にしろ、散々見てしまっているからでしょうか? この家に越してきた佐伯夫妻。子供が出来ないのを気に病むうちにノイローゼになってしまう妻・伽耶子。そしてようやく子供を授かるも、夫はその子が自分の子なのか確信が持てず、伽耶子の言動もあって衝動的に伽耶子を殺してしまいます。そして、たぶん俊雄も……

このあたりのストーリーは最初の「呪怨」をなぞっていると思いますが、なぜか怖くない。おどろおどろしい映像もなく、俊雄も伽耶子も、いくら見ても怖くないです。かといって、追い詰められていく佐々木希たち登場人物の恐怖というか、そういうものもやや不足。

で、「ザ・ファイナル」です。

今回、伽耶子と俊雄の呪いの宿る屋敷は壊されてしまっています。更地になっているのです。これは前作にも出てきた袴田吉彦がなんとか呪いを終わりにしようとした結果なのですが、なんのことはない、おのののかの家が俊雄と伽耶子の新たな棲み家となってしまいました。そして平愛梨が尋ねてくるのですが、結局何もできず、彼氏も取り殺され、ジ・エンド。

今回も怖くないです。ゾクゾクしません。

そもそも怨念って人に憑くのか、場所に憑くのか? これまではその家を訪ねた人に取り憑いてたと思いますが、だったらその家を壊した工事関係者は無事だったのでしょうか? ストーリー的には、取り壊される前に既に俊雄と伽耶子はおのののかの家に移っているということなのでしょうか?

あるいは伽耶子の妊娠ノイローゼ日記が佐々木希の遺品から平愛梨のもとへ巡ってきます。平愛梨とその彼氏の状況を考えると、これを読んだら取り憑かれるようなのですが、だったら佐々木希はこれを学校に置いておいたわけですから、同僚の一人くらいは読んでいないのでしょうか? そもそもあれだけの呪力、読まなくたって周囲に何らかの影響が出そうな気がしますけど。

おのののかの同級生、向かいの病院に入院している少女、どう見ても「あれくらいで取り憑かれるの?」というレベルです。どうしたら取り憑かれるのかのボーダーがはっきりしていないモヤモヤが残ります。そして「ファイナル」とは言いながら、平愛梨の最後のセリフにあるように「終わらない」ラストはどんなものなのでしょう?

一時は世界をリードしたジャパニーズ・ホラーも、ここまでつまらなく、否、怖くなくなるとは……

坂道の少女

前回のダイアリーで渋谷と欅坂46の間柄について触れました。散々指摘されているので触れませんでしたが、彼女たちのデビュー曲のMV、撮影場所が渋谷です。

先に取り上げた朝日新聞の記事で宇野常寛は

同曲のミュージックビデオの撮影場所に渋谷の大規模再開発地が選ばれているのも、極めてコンセプチュアルだ。二流国に転がり落ちた現実から目をそらすように強行されている、見た目だけ景気の良さそうな首都改造は、現代日本の空回りの象徴のように見える。

と述べています。他の論者も、管見の及ぶかぎり、このMVの撮影場所を取り上げる場合、今この時にしか見られない光景、風景といったことを指摘していたと思います。

が、考えてみますと、乃木坂46にしても欅坂46にしても、「自分たちはまだまだ坂の途中にいて、さらなる高みを目指して努力していかなければ」というコンセプトを持っている気がします。となると、渋谷という土地もきわめて象徴的ですね。

なにせ、渋谷も宮益坂、道玄坂など坂には事欠かず、その中心に位置する渋谷駅、まさしくMVの撮影場所がその底になっているわけですから。特に欅坂46のジャケット写真は、この渋谷の底よりもまだ低い渋谷川です。底も底、まさしくドン底から這い上がっていく彼女たちを象徴しているような気がします。

こういう書き方をすると、日本人の多くは司馬遼太郎の『坂の上の雲』を思い出すのでしょうか?

  

近代日本の歩みと乃木坂46、欅坂46の軌跡と重ね合わせるというのは、あまりにも齟齬が大きいでしょうか? あたしなら間違いなくこちらを思い出します。

沢田聖子の『坂道の少女』です。彼女のデビューアルバムのタイトルであり、同アルバム収録曲でもあります。

この曲の坂道は、突然街に現われた大人の女性に夢中になる彼氏を見つめる、まだ幼い主人公(たぶん女子高生?)の目線で描かれた世界です。決して坂道が舞台として出てくるのではなく、この歌における坂道は「まだまだ女性として未熟な幼い自分」と「成熟した大人の女性」との対比、そんな大人の女性という高みを目指しつつも手が届かない今の自分の情けなさと歌っています。

ジレンマ、もどかしさといったところでしょうか? だから、乃木坂、欅坂の坂とはちょっと意味が異なるとは思いますが、やはりこの曲を思い出してしまいますね、あたしは。