ISOLA

久々に放映されていたので見ました。昔、たぶんテレビで放映されたのを見たことがありましたが、久しぶりのオンエアだと思います。

ISOLA 多重人格少女』です。原作は角川ホラー文庫の『十三番目の人格(ペルソナ)―ISOLA』だったと思いますが、もちろん原作は読んでおりません。映画のみの鑑賞です。

原作とは多少違う内容、結末のようですが、これはこれでジャパン・ホラーの一作品になっているのではないでしょうか。ISOLAとは英語のISOLATEを踏まえつつも、「雨月物語」の磯良も引っかけているとは、今回改めて思い出したというか、知りました。上田秋成は英語を知っていたのでしょうか? それとも偶然の一致でしょうか?

   

いまは女優業をやっていない、黒澤明の孫娘・黒澤優が主演というか主要キャストで、当時はかなり話題になっていたと思います。でも、主演はやはり木村佳乃なんでしょうね。黒澤優が多重人格を患っている孤独な少女で、そこへ幽体離脱実験時の事故で亡くなった(実際には離脱中だったので、戻るべき肉体を失った)女性の霊が、黒澤優に取り憑き、更にもう一つの人格となって人殺しを犯すというストーリー。

黒澤優は継父に性的嫌がらせを受けていて、そのあたりはTBS系ドラマ「高校教師」の繭を思い出させます。果たしてそういうことが人格の分裂を引き起こすものなのか、医学に疎いあたしにはよくわかりませんが、この映画ではそれも原因の一つのようです。あとは幼少期に名の前で両親を事故で失うという悲劇から離れるために、無意識のうちに別な人格を生み出していたものようです。これは実際の多重人格の方の理由の一つとしてしばしば見られるものですね。テレビなどでも見たことがあります。

閑話休題。

この映画を見て改めて思ったのは、この映画の舞台が震災後の神戸だということです。ここで言う震災とはもちろん「阪神・淡路大震災」です。東日本大震災以降、世間の耳目はそちらにばかり目が向いてしまっていますが、いまだにその後遺症に悩む人も大勢いる、大きな災害でした。特に神戸の被害に対し、大阪がほとんど無傷に近いという、あの短い距離の中での好対照がよりショッキングに感じられたものでした。そういう意味では、この作品はもちろん映画ですが、あの震災後、科学や医学では説明できないことってたくさん起きていたんだろうなあ、と思います。小説にならなかっただけで、もっと過酷なこと、もっと悲劇的なことが起きていたのではないかと、あたしには阪神の大震災ですらついこの間に感じられるので、この映画を見ながら、そんなことを考えていました。

それにしても木村佳乃の若いこと。最近はややヒステリックで強気な女性を演じることが多いですが、この頃はごくごく普通の女性を演じていますね。とはいえ、実はこの映画の中でもっとも謎の出演者だったのかもしれませんが。

そして黒澤優って、もう少し美少女だったような印象があったのですが、いま見返してみると、平凡な容姿だったなあ、少なくともこの映画では、と思いました。

都市伝説は不変?

雨が降りそうで降らない、降らないと思っていたら突然降り出す、そんな不安定な週末になっています。昨晩から、あたしの大嫌いな「24時間テレビ」が放映されていますね。facebookにも書いたのですが、あの番組が始まったころ、あたしは小学生でしたが、子供心に偽善的で、胡散臭くで嫌いでした。われわれ貧乏人から金を集めるくらいなら、あんたら芸能人の方が持っているお金を出せばいいじゃない、という思いがありました。その気持ちは今もって変わりません。ひねくれた子供と言われればその通りですが、いまだにあの番組って出演者のギャラはどうなっているんだといったゴシップが出てきますよね。あたしと同じような胡散臭さを感じている人がたくさんいるんだと思います。

閑話休題。

ですから、あたしはそんな番組は見ず、録っておいた映画鑑賞です。今回はこちらです。

アイドル・ホラー「テケテケ」のパート1、パート2です。パート1の主演は今や大人気のAKB48の大島優子です。2009年の作品ですから、AKBが今のように大ブレイクする直前の出演作ですね。ふつう、クレジットには「大島優子(AKB48)」なんて表記されそうですが、この作品ではまだ(AKB48)とは入っていません。大島優子以外にはAKBのメンバーは出ていないようですし。

AKBの映画といえば、それこそもっと売れていない時代にほぼ当時の全メンバーで出演した秋元康原作の「伝染歌」なんてものもありましたね。ほぼ全員学芸会レベルの演技でしたが、この作品でもヒロインは大島優子だったはずです。やはり子役のころからのキャリアで、AKBの中では一番演技力があったと判断されての抜擢だったのでしょう。

さて、「テケテケ」です。都市伝説をモチーフにした作品なのですが、あたしはこの話を知りませんでした。こういった都市伝説は小中学生などを中心に広まるのでしょうが、少なくともあたしの学生時代にはなかった話です。なんといっても、あたしの時代は「口裂け女」の全盛時代、社会現象とまで言われたあの時代ですから、その亜流のようなテケテケなど出る幕はなかったはずです。

この「テケテケ」についてはウィキペディアなどを見ていただくとして、基本的にはやはり口裂け女のバリエーションの一つですよね。憾みを抱いて死んだ女が化け物になった、ものすごいスピードで追いかけてくる、殺されない呪文がある、といったところは口裂け女と同じです。いかにも子供たちが言いはやしそうな話柄だと思います。

パート1では大島優子扮する女子高生が親友をこのテケテケの殺され、大島優子もテケテケに出会ってしまったために数日後には命を落とす危機に見舞われます。同じくテケテケを見かけてしまった、大学で民俗学を学んでいる大島優子の従姉と共になんとか助かろうと、テケテケ伝説発祥の加古川まで行って、テケテケ誕生の秘密に迫るというものです。かつて半狂乱になって自殺した女性の慰霊碑が阪神大震災で倒れたままになっているを見つけ、元のように直し間一髪テケテケから助かったと思ったのも束の間、結局従姉はやられてしまい、大島優子は気がふれてしまう、というところでパート1は終了です。

パート2は1の完全な続編です。そして、ホラーの続きものでは前作の生き残りがまず最初に殺されるという法則もあり、このパート2では前作の生き残り、大島優子がまずは殺されます。もしAKBが現在のような国民的アイドルになっていたら、たぶん大島優子は殺されず、パート2でも主人公としてテケテケと対決する、そして見事退治して生き残るストーリーになっていたのではないかと思いますが、「RIVER」の大ヒット直前の映画ですし、この時点で大島優子がこういう扱いになってしまうのはやむを得なかったのでしょう。

で、1、2を通じての主人公になるのかと思っていた大島優子が殺されてしまいましたので、ストーリーは続きものとはいってもパート1とは全く関係のない女子高生がメインキャラクターになって展開します。今回はクラスの中でいじめられていた学級委員がテケテケを利用していじめっ子たちを殺していくというストーリーです。そして、本作の主人公が前作の大学助手の青年と一緒にテケテケの正体を追うというサブストーリーもあります。

例によって赤いものを持っていれば殺されるという法則は生きており、この女子校は制服のスカーフが赤なので、制服姿であればテケテケの格好の餌食になってしまうわけで、いじめられっ子たちはいいように殺されていきます。しかし、テケテケを利用しているはずのいじめられっ子も最後にはテケテケに殺されてしまうわけです。

結局、大学助手の青年は肝心な時に役立たずで生き残ってしまうだけで、もう少しなんとかできなかったものでしょうか? そもそも下半身がなく、腕だけで走って追いかけてくるテケテケは、どうやって人間を真っ二つにしているのでしょう? 凶器になるようなものは何も持っていませんでしたけどね。そもそも、テケテケの正体である鹿島礼子が自殺して、列車に轢かれて胴体が真っ二つという設定のようなのですが、電車にはねられて胴体が真っ二つになるものでしょうか? 膝から下とか、肘から先、程度であれば列車に轢かれた時にちぎれる可能性はあると思いますが、胴体が真っ二つになるなんて、列車も大脱線を起こしていますよね?

 

すべて記録する

熱中症なのか、単に夏風邪なのか、それともたるんでいるだけなのか、理由はわかりませんが、昼頃から午後はずっと頭が割れるように痛いです。マクサルトの手を借りるのは我慢して、とりあえず市販の頭痛薬を飲んでみましたので、少し治まってきましたが……

いや、もしかしたら、こんな映画を見ていたからなのでしょうか?

 

REC/レック」、そして続けざまの「REC/レック 2」です。「」もあるようですが、ストーリーが続いていないらしいので、とりあえずはこの二作を鑑賞しました。

「1」と「2」は完全に前編、後編という感じのストーリーです。消防士の夜勤の様子をリポートするテレビの取材班が緊急出動の要請を受けた出動した消防士たちと共にあるアパートに向かいます。そのアパートでは住人の一人が奇声を発したというのです。ただならぬ声に消防だけでなく警察も出動し、他の住人はアパートの一階に集まっていました。

で、この後は奇声を発した住人がゾンビ化して襲ってくる、噛まれるとその人もゾンビになってしまう。アパートは防疫班か衛生局によって外から封鎖され、中の人は外へ出ることができなくなっています。とにかく、反発しながらも協力してなんとか活路を見いだそうと奮闘するアパート内の人を描いたのパート1です。

このパート1で不思議なのは、この手の事件なのに、早々とアパートが外から封鎖されてしまうという手際のよさです。伝染病のせいで感染した住人が奇声を発したかもしれないという可能性は考えられますが、警察や消防の到着とほとんど差がなく封鎖・隔離されてしまうなんて、もうここでそういうことが起こることがわかっていたみたいな段取りのよさです。

とまあ、こういう疑問を残したままパート2ですが、このゾンビ化の正体がわかります。パート1ではたまたま取材のため同行していたテレビカメラの目で見た事件でしたが、パート2は外から入ってきたSWAT隊の記録カメラから見た映像になります。

さて、保険局の役人らしい人をリーダーにSWAT隊がアパートに入ってきますが、保険局の役人の行動がどうもおかしいのです。中の人を助け出すというのではなく、何か別の使命を帯びているかのようなのです。ゾンビとの闘いの中、とうとうSWAT隊と衝突し、白状したところ、この人は保険局でもなんでもなく、バチカンから派遣された神父だったのです。

パート1の後半でバチカンが関わっているらしい悪魔払い事件の記事などが前ふりとして登場しますが、つまりはいわゆるゾンビではなく、悪魔に取り憑かれた人たちが発症して襲ってきているということです。そしてバチカンは密かにこのアパートの最上階で最初に発症した少女を隔離、監禁して、解毒のためのワクチンを作る実験をしていたわけです。神父はそのサンプルを持ち帰るために遣わされたわけです。

このアパートは、この秘密の実験を知っている人には以前から要監視のアパートだったというわけですね。そして、遂に悪魔が動き出した、発症して人を襲うようになったため迅速に隔離を行なうことができたというわけです。さらに、いかにも頭の悪い高校生みたいな三人組は興味半分で下水口からアパートに入り込んで自体をややこしくしてしまいます。

パート1はゾンビ映画、パート2はエクソシスト、そこにPOVの手法を加味して作ったのがこの映画です。二作とも、目の前の自体を少しでも解決しようとするよりも上層部の命令に従う役人に硬直した思考にはイライラさせられます。あの状況でも「命令がないとダメだ」的なセリフを言えるというのは、ある意味すごい精神力かもしれません。

それと、ああいう場面になるとそうなってしまうのかもしれませんが、どうしてみんなわめき散らすのでしょう。もっと落ち着いて話ができないものかと思います。そして、POV映画でこれを指摘してはいけないのかも知れませんが、どんな状況になっても決してカメラで撮り続ける根性には驚きです。ふつう、あんな状況になったらカメラは落とすと思いますし、録画なんてしてる余裕はないと思うのですがね。そういう意味では、パート2ではSWATのヘルメットに付いている記録用カメラの映像を使うとか、暗視カメラにすると見えないものが見えるようになるという「ワザ」を使うことによって、カメラで撮り続けることの矛盾を和らげようとする工夫が見られます。

既に公開されたパート3はこの続きではないようですし、パート4も間もなく公開されるみたいですが、パート3の続きになるのか、パート2の続きになるのか、まるっきり別の話になるのか、わかりません。ただ、パート2の最後で悪魔はアパートの外へ出られる(出られた?)みたいなので、あとはウィルス的な「悪魔菌」が街中にまき散らされるという展開は予想がつきます。そして、この映画がそこそこヒットするのであれば、何作でも続編が作られるのでしょう。

一番怖いのはヒト?

なんとなく暑さにも慣れてきたのか、夜などはいくぶん寝苦しさから解放されつつあるように感じますが如何でしょう? さて、本日はこんな映画を鑑賞しておりました。

まずは「シャーク・ナイト」です。大学生の男女数名がバカンスに田舎へやってくるというのは、この手の映画のおきまりのパターンです。今回の場合、舞台は海ではなく湖です。「湖なのにサメ?」というところはなかなかの設定だと思うのですが、あまりそれを活かせているとは感じません。淡水でもサメは生息できるのか、それとも浜名湖や宍道湖のように海に近いところにあり、潮の満ち引きで塩水が流れ込むような場所にある湖なのか、そのあたりは映画の中でははっきりしませんが、とにかく海に住むサメが出てきます。

ストーリーとしては、若者たちが一人、また一人とサメに襲われ犠牲になっていく、最後は男女一人ずつが助かるという、やはりこの手の映画のおきまりのパターンですが、なぜサメがいたのか、その理由がこの映画の本当の怖さではないでしょうか? 訪れた湖は学生たちの中の一人の女の子の別荘です。広大な湖の中にある島にぽつりと建っている立派な別荘です。見る限り、その島にはその別荘以外建っていないようです。そして、これもこういう映画のお約束で、都会を離れた孤島の別荘なので携帯電話は繋がらない、という設定です。しかし、別荘に電気やガス(←これはプロパンかも?)が来ているようなので、当然固定電話が引かれていてもよさそうなものですが、それはないのですね。

で、ストーリーは端折って、なんでサメがいるのかですが、地元でかつてダイビングを教えていた主人公の昔の恋人とその悪友、それにこれは途中で正体がばれるようになっていますが、その地区の保安官の三人が、密かに湖にサメを放し、人が襲われるのをビデオ撮影し、動画サイトにアップしてお金儲けをしているというからくりだったのです。ですから、「ジョーズ」のようにホオジロザメ一匹ではなく、いろいろなサメが出てきますし、決してありえないほど巨大なサメが出てくるわけでもありません。

結局、サメに尾触れたのを助けてくれたようなふりをした彼ら三人に騙され、若者たちは次々に鮫の餌にされていくという内容で、最後は見事に形勢逆転、主人公とそのボーイフレンド候補のような男子が生き残り、彼ら悪徳三人組を逆にサメの餌食にして助かるというお話です。結局、一連の「ジョーズ」のように自然界のサメが襲って来るというのではなく、人間によって持ち込まれたサメが人を襲うわけで、なおかつそれを撮影して愉しんでいる輩がいるという、非常にブラックなストーリーでした。

続きましては、こちらです。

アラクノフォビア」です。クモが襲ってくるお話です。田舎町に越してきて開業した医師一家の回りで突然死が頻発し、田舎の人は「ドクター・デス」と言って主人公を冷たい目で見ます。ただ、それも束の間、突然死の正体が毒グモのせいだとわかり、こんどは一転、クモとの攻防の話になります。

このクモ、ベネズエラのジャングルで見つかった新種で、ベネズエラで噛まれて死んだカメラマンの棺に紛れ込んでこの街まで運ばれてきたのです。そして、この街のクモと交配し子供が産まれ増えていったというわけです。一般のクモは働くだけで毒は持っていても子孫を残すことはなく、すぐに死ぬわけで、肝心なのは女王蜂ならぬ、女王クモを探し出して、その巣もろとも処分するということです。主人公の開業医がクモ恐怖症であるという設定が必要だったのかどうか、後半の活躍を見ると必要性を感じませんが、この医者とクモ研究者の博士、その助手、そして害虫駆除業者で、なんとか街のクモを退治しようと乗り出します。が、博士は早々にクモの餌食になってしまいます。それにしても、チクッという一咬みですぐに人を死に至らしめるとは、ものすごい毒性です。

博士の助手が意外といい仕事をし害虫駆除業者が頼りなさそうでいて、結経強力な武器を携えてクモをやっつけるところは、爽快ではありますが、ストーリーの緊張をややそぐ嫌いがあります。そして、うまいこと主人公は咬まれず、女王グモを退治できたわけですが、クモってあれほどの知能を持っているのでしょうか? 完全に人の動きを察知して行動しています。新種だから設定はどうにでもなるのでしょうか? いや、でも所詮は昆虫なわけだし……

 

暑くても海はイヤ!

もう何年も海へ行っていません。いや、何年どころか、何十年と言った方がよいかもしれません。それくらい海には行ってないです。

海そのものに行ってないということではなく、海のそばまでとか、波打ち際までは行ったことがありますが、それも何年前のことかすぐには答えられないくらい昔の話です。いわゆる海水浴として水着を着て海に入ったのは、中学のころが最後ではないかと思います。

日焼けもイヤではありますが、海ってベタベタするから嫌いなんです。塩水のせいですよね。そう言えば、少し前の新聞に、最近は若者を中心に海水浴離れが深刻なんだとか。理由はあたしが書いたとおりです。プールであれば行くみたいですから、泳ぎに行くことが嫌いなわけではなく、塩水のベタベタが嫌われているのでしょう。

それに加えて昨今は危険な生物のニュースもよく聞きます。昔だったら日本近海にはいないとか、人が泳ぐ浅瀬にはやってこなかったと言われるような生物による事故、ケガの報告が相次いでいます。あんなのをニュースで見せられたら、小さい子供を持つ親は気軽に海水浴になんか行けなくなりますよね。

あと、あたしが海水浴が嫌いな理由は、現実に信じているわけではありませんが、心の片隅でたぶんジョーズの影響を受けているからだと思います。やはり衝撃的な映画でした。

若きスピルバーグが低予算で撮り上げた、といった講釈は抜きにして、子供心にはやはり海の恐怖、サメの恐怖を大いに感じさせた作品です。もちろん映画館で見たわけではなく、公開後かなりたってからテレビで放映されたのを見たわけで、当時のテレビ放映ですから、たぶん何分間かはカットされていたシーンもあったと思いますが、とにかく海は怖いと思い込まされました。

とはいえ、この手の映画は好きなので、その後の「ジョーズ」シリーズも機会があれば見てました。そして、少し前にスカパー!でやっていたのがこちらです。

 

本日鑑賞したのは「3」ですが、これも以前に見た記憶があります。1と2と4は一連の作品という感じでしたが、kono3はまるっきり別個の作品ですね。それに、水中公園が舞台なのですが、本当に水中にセットを作っているわけではないのであくまでCGです。そのCGがあまりにもちゃちです。おまけに襲ってくるサメもちゃちです。怖くもなんともありません。なんでこんな作品を作ってしまったのでしょうか?

でもって、この「ジョーズ」シリーズは基本的には海のレジャーランドを作って設けようとしているデベロッパー、それと組んでうまい汁を吸おうとしている政治家に対し、人々をサメから守ろうと奮闘する主人公という構図がおきまりのパターンです。本作も同じです。確かに、現実問題として日本でもいきなり体調10メートルクラスのサメが現われたと言われても信じる人は少ないでしょうが、もう少し「カネ、カネ、カネ」じゃない態度ってとれないものでしょうか?

なお、本作の海洋レジャーランドではシャチを飼っていました。芸をするほど飼い慣らされてしまっているので野生の本能がどれだけ残っているのかわかりませんが、シャチを放せばサメを退治してくれたのではないかな、イルカですらあんなに頑張っていたのだから、と見ながら思ったのはあたしだけでしょうか?

 

見たことある?

暑い夏には怪談、とは昔から言われますが、だからということで、録っておいたホラー作品を鑑賞。まずはこちら。

サイレントヒル」です。ゲームが原作の映画であるということは知っていましたが、ゲームはやったことも見たことも、どんなゲームであるかということすら知りません。まあ、結論から言えば、それでも映画の鑑賞には支障はありませんでしたが。

夢遊病の娘が時々口にする「サイレントヒル」という街が実際に存在するということを知った母親が、娘の病気を治療する手がかりになるかもしれないと、その街を訪れるわけですが、そもそもそこへ行ったからといってどんな解決になるのか、素人でも疑問を持ちそうな流れですが……

とりあえず、その街へ到着するのですが、そこはゴーストタウン。かつて街を襲った大火災により多くの人が亡くなり廃墟となったそうで、街の地下では今も石炭がくすぶっているのだとか。つまりは炭鉱町だったということですかね。そして、一時は栄えたものの、その後は寂れてしまった、日本にもありそうな設定です。

さて、あらすじをざっと書いてしまうと、この町には今も住んでいる人がいて、カリスマ的な初老の女性に率いられています。そして主人公の娘というのは実は幼女で、かつてこの町で魔女とされ、火あぶりにあった女性が産み落とした子供(の子供だったかな?)なわけです。これで、一応、娘がサイレントヒルという名前を口にした理由がわかりました。

ところが、街の人たちはその娘をも魔女だと見なし殺そうとします。まあ、魔女の娘なんですから魔女と見なすのは当たり前ですよね。が、母親が体を張って娘を助けようとするというストーリーです。主人公は、火あぶりにされた魔女の力を借りて、街を支配する人々を血祭りに上げ、最終的には娘を助けることに成功したわけです。ただ、娘を助けるためとはいえ、魔女(本当に魔女であったのか、それとも濡れ衣であったのかは作品中では明かされません)とタッグを組むなんて、この母親、悪魔に魂を売り渡してしまったのでしょうか? それに、あそこまで残酷に街の人を殺さなくても(殺したのはあくまで魔女、つまりは魔女の復讐に主人公が手を貸したわけ)よかったのではないか、とも思います。

そして、娘を連れて主人公はマイホームへと戻るのですが、ここでパラレル・ワールドが展開し、主人公と娘は夫の待つ世界へとは帰れない状態で映画は終わります。自分たちが別の世界へ来てしまっていることに主人公は気づいたのかどうか、それすらも定かではありません。魔女に魂を売った時点で、あちら側の人になってしまったのか。ゲーム的にはこれでいいのでしょうか? 夫はなんのために存在していたのか……

続きましては、こちら。

ホーンティング」です。見始めてじきに「あれ、これ見たことあるんじゃないかな」と感じましたが、とりあえず最後まで鑑賞。結論から言うと、一度見たことありました。

ストーリーは不眠症の実験と称して集められた主人公を含めた三人の男女が、人里離れた装飾過剰な屋敷で恐怖体験をするというもの。その屋敷はかつてその一帯を支配した男性が建てたもので、妻を娶り子供と仲良く暮らそうと発てたものですが、産まれてくる子供はすべて死産で妻も自殺、という曰く付きの屋敷です。なおかつ、その屋敷では男性が近隣の子供を連れて来ては屋敷に閉じ込めて殺すということが行なわれていたらしいのです。

主人公には殺された子供たちの声が聞こえ、おびえながらも勇気を振り絞って、死んだ後もこの屋敷を支配している男性に立ち向かうという内容。なんで主人公がそんなことをするのかと言えば、実は男性の妻が最後に産み落とした子供の孫が主人公であるという血のつながりがあったわけです。

そのあたりの事情が、偶然のような感じで主人公の知るところとなるのですが、最初のうちは明らかに主人公の妄想の世界のように描かれ、そのうちそれが本当に起こっている話だと他の人々にも理解されるわけですが、時既に遅しです。何人か犠牲者が出てしまいました。

結局主人公は、この屋敷を支配する、自分の先祖を退治し、囚われていた子供たちの魂を救い出し、自分も死んでしまうわけですね。なんか、ちょっと後味が悪いです。

怪談

あたしが子供のころ、夏休みというと怪談映画が再放送されていたものです。あたしが子供のころの記憶で既にずいぶん昔の怪談映画が再放送されていたような気がします。当時はジャパニーズホラーなんて言葉は存在せず、たぶんホラー映画という言い方もポピュラーではなく、もっぱら「怪談」と呼ばれていたのではないかと思います。白黒だったかカラーだったかも忘れましたが、「紫検校」とか「累が淵」といった子供心にも相当怖い作品を、昼の2時、3時くらいに放送していたのをよく見ていました。最近は、ごく稀にそういった放送があったりしますが、夏だからホラー、といった風潮ななくなったのでしょうか?

でも、スカパー!などを観てますと、定期的にホラーは放送されています。ホラー専門の局こそありませんが、探すと案外放送されています。特にアイドルホラーが目に付きますが、これもその一つですね。

渋谷怪談2」です。今となってはかなり垢抜けた堀北真希が主演で、水川あさみとか松山ケンイチなんかも出ています。いわゆる都市伝説をベースとしたホラーですが、先行するいろいろなJホラーの寄せ集め的な内容です。なぜ堀北真希はなかなか襲われないのか、といったストーリー上の素朴な疑問もありますが、なんか消化不良な内容です。

前作からの続きという設定ですが、別に前作を観ていなくても楽しめます。そして本作も次へ続きそうなエンディングなのですが、続きは現在まで作られていませんよね。あまりヒットしなかったのでしょうか? もう少し呪いの正体である「さっちゃん」の物語を膨らませてもよかったのではないかという気もします。これではどこにも肩入れ、思い入れが出来ませんから。

 

それにしても、この作品の主たる鑑賞者って高校生くらいですよね? たぶんイマドキの高校生では渋谷怪談が四谷怪談を踏まえたタイトルだってこと、知らないのでしょうね。

 

もう少しゾクッとしたい!

とうとう猛暑日ですね。こんな日はクーラーの効いた部屋で映画鑑賞といきたいところですが、さすがクーラーは気が引けたので、扇風機で我慢、我慢。鑑賞したのはこちら、「人狼村 史上最悪の田舎」と「アイデンティティー」です。

前者は、売れない青年作家が故郷から名誉村民に評されたという連絡を受け、十数年ぶりに故郷を訪れ、そこで100年間伝えられてきた狼男の呪いに遭遇するという物語。はっきり言って、ホラーというよりもコメディーです。こんな非常事態にどうしてあんな大声で騒げるのか、どうしてくだらないケンカをしていられるのか、突っ込みどころ満載です。

後者は、豪雨で動けなくなり、場末のモーテルに足止めを食うことになった男女が何者かによって次々に殺されていくというもの。

たぶん、このモーテルでの連続殺人だけを見せられたとしたら、いったい誰が犯人なのかわからなくなると思います。途中に、もう一つのストーリーとして、連続殺人犯が実は多重人格者で、明日の死刑執行を停止すべきか否か、もう一度審理する話が挟み込まれます。これで、たぶん勘のよい人であれば、モーテルでの事件は多重人格者の妄想に過ぎない、架空の話だということに気づいたのではないでしょうか?

ただ、一応、モーテルの殺人事件は、その登場人物が全員、多重人格者に宿っている人格であるとはいえ、どの人物が真犯人なのか最後の最後に明かされます。えっ、と意表を突く真犯人ではありましたが、多少手の内を見せられても、ちょっと無理でしょ、いくらなんでもそこまでは出来ないだろうという矛盾、ストーリーの破綻はあります。

それでも、よくできた作品ではないでしょうか? 個人的には一年ほど前に見た「ザ・ウォード 監禁病棟」と似たようなストーリーだなあと思いましたが、たぶんこちらの方が古い(早い)んですよね?

多重人格ものって、そもそもが矛盾に満ちているので、殺人事件などもところどころかなり無理があるのは仕方ないのでしょうか?

ギャルバサラ

休みの日の定番、映画鑑賞です。今回はこちらです。

 

ギャルバサラ-戦国時代は圏外です-」と、そのスピンオフ「ギャルバサラ外伝」です。ホラーではないですが、紛れもないアイドル映画です。前者の主演は有村架純、共演は竹富聖花、それにSKE48をやめてしまった小木曽汐莉AKB48をやめると宣言した篠田麻里子などが出ています。

 

もともとはコミックが原作だったようですので、荒唐無稽なところが山ほどありますが、こういった映画はこれから活躍するであろう若手女優を掘り出すためのものでしょうから、内容については問わないことにしましょう。それにしても、秀吉の正妻・ねねまでは現代からタイムスリップしてしまった女性だったとは笑えます。

ちなみに、あたしは有村架純、竹富聖花、どちらも以前から知っていましたし、それなりに気に入っておりました。有村架純は何と言っても人気ドラマ「SPEC」、竹富聖花は「黒の女教師」に出ていましたね。二人とも、主演ではないものの、ちょこちょこと出ています。これからが愉しみです。

 

切なくて残酷な……

雨降りの休日、録っておいた映画の鑑賞です。今回はこちらです。

WOWOWでやっていた「恐怖ノ黒電話」です。暴力をふるう夫との離婚調停中の女性があるアパートに引っ越してきます。そのアパートには黒電話が置いてあり、それが突然鳴り出します。出て見るとちょっとおかしな女性からの電話。最初は以前の住人にかけたつもりの間違い電話だと思っていた主人公ですが、何度もかかってくるうちにそれが過去からの電話だと気づかされます。

そして、その電話の女性が行なうことによって現在が変わってしまい、アパートの住人や主人公の恋人も抹殺されてしまいます。そしてついには子供のころの自分に魔の手が伸びていることを知った主人公は、電話に出た幼い頃の自分にその女性を殺すよう指示し難を免れます。

途中までは離婚調停中の暴力夫が仕掛けたいたずらではないかという可能性を持たせながら進みますが,それでは辻褄の合わないことが起こり、過去の行為によって未来が変わるという状況になります。ただ、過去が変わる過去から見た未来であると現在の世界が変わってしまうという設定自体が荒唐無稽なので、ところどころおかしなと言いますか、無理のある進行も感じられます。

結局は精神を病んでいる主人公の妄想というオチになるのかと思いましたが、そうではなく、あくまで過去が未来に影響を及ぼしているというラインは守ったままです。グロテスクなシーンもほとんどなく、心理劇的な面白さは楽しめるのではないでしょうか?

続いての鑑賞作品はこちらです。

七つまでは神のうち」です。神隠しをモチーフにした作品ですが、途中までは時系列が入り組んでいるので、ちょっと理解しづらいところがあります。また神隠しってそんなものなのかもしれませんが、どうしてこの状況でいなくなる、さらわれるのか、理解できないところがあります。

最後の最後に神隠し事件の真相が種明かしされるわけですが、つまりは子供を亡くした両親の復讐劇。そもそもの事件も実に哀しく切ないもので、両親の気持ちも理解できます。ただ、そうなると一連の神隠し事件はこの両親が起こしたことになりますが、どうもおかしな展開もありますし、事件に巻き込まれる方にしても、怪しいことに遭遇した時の人間の行動として理解できないところが多々あります。ちなみに、この両親も死んでいて、どうやら幽霊が一連の犯罪を起こしているようなんですが……

とはいえ、最後まで見終わると、やはりこの作品は哀しくて切なくて、そして残酷です。文庫本ではもう少し結末が異なるようですが、映画のラストは救いがないですね。結局誰一人救われないまま終わります。子供を持つ親が見たら、かなり胸に突き刺さる作品になっていたかもしれませんね。

で、主演の日南響子は映画の中ではトラウマを抱えた女の子を好演していたと思いますが、ブログにアップされている写真などを見ると作品中の人と同一人物とは見えないですね。