知識人の困惑?

まもなく刊行予定の『上海フリータクシー』が抜群に面白いです。

いや、面白いという表現は正確ではないかも知れません。

本書は、帯などを読んでいただければわかっていただけると思いますが、西側のジャーナリストが中国に赴任し、そこで庶民の中に分け入ってさまざまな話を聞く、そんなレポートです。似たような本は本書以外にもそれこそごまんとあります。日本人ものも、欧米人のもの、たくさん出ています。

それぞれの筆者が体験する中国の現実、話を聞かせてくれる中国の人々は十人十色で、興味深いものやちょっと突っ込みが足りないなあと感じるもの、それなりにあります。本書は上海に出稼ぎに来ている人、かなり底辺で呻吟している庶民も登場しますが、比較的恵まれた地位にいる人、中国の現状に疑問を感じている知識人が比較的多く登場する印象があります。

そして、彼ら知識人の意識の変化が垣間見える最後の三章が白眉と言えます。知識の何人かは中国に見切りをつけ欧米に脱出するのですがタイミングが悪かったとしか言いようがありません。アメリカではトランプ大統領の登場、ヨーロッパはイギリスのEI離脱や右翼政党の伸長など、知識人たちが信じてきた民主主義、自由主義が危機にさらされている時代でした。自分たちが憧れ理想と思っていた欧米のこのザマは何だ、これならむしろ中国の方がよいのでは、という懐疑。

それぞれの思いに、それなりに結論を出した人、まだまだ思案のただ中の人、著者はそれぞれのいまを描いています。彼らの苦悩、困惑はまだまだこれからも続くのでしょうが、中国を離れてしまった著者の筆はここで終わっています。さらに続きが読みたい、と思ったのはあたしだけではないと思います。

2020年5月9日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

Don’t think, feel!

いま読んでいる『上海フリータクシー』の中にこんな文章があります。

歴史を消すことができるなんて、信じられない

著者の友人の一人で、上海の高校で教師をしている女性のセリフです。彼女は生徒たちに自分の頭で考えることを教えようとするのですが、年ごとに生徒たちは保守的になっていると感じます。そして

時が経つにつれ、一九八九年の出来事、中国の首都に戦車が進攻し、兵士たちが何百、おそらくは何千という市民を殺した出来事を生徒たちがほとんど知らずにいることに、彼女はまた衝撃を受けた

のです(同書110頁)。そして上に引いたセリフをつぶやくのです。日本に対し常日頃歴史を直視しろと主張する中国共産党が歴史を平気で塗り替えている現実。そこに気づいた一部の知識人は、いまの中国でどれくらい居心地の悪さを感じていることでしょう。

少し前に『習近平vs.中国人』を読んでいたのですが、そこでも中国共産党による締め付けとそれに対する中国人の諦めが描かれていました。

さて、このダイアリーのタイトルはブルース・リーの有名なセリフだということはご存じだと思います。「考えるな、感じろ」というわけですが、このセリフ、ブルース・リーがつぶやいてから数十年を経て、現在の中国に生きる知識人への教訓、警告のように聞こえます。

つまり、人権とか民主主義とかそんなことは考えない方がよい、そんなことを考えている暇があるなら、いま共産党が何を考えている、どうしようと思っているのかについて肌感覚で感じるようになれ、というわけです。たぶん、ブルース・リーの映画のセリフだと告げずに、現在の中国でこの言葉を知識人たちに伝えれば、そんな風な意味に取るのではないでしょうか?

なんとも皮肉なものではないですか? ブルース・リーが生きていたらどう思ったことでしょう?

2020年5月5日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

今日はみどりの日? ではなくて……

本日は5月4日。五・四運動の日です。

「五・四運動って何?」という人も多いかと思いますが、中国近代史の大きな事件であり、動きです。1919年に中国で起きた出来事です。きっかけは、さまざまありますが、その大きなものとして日本の対華二十一ヶ条要求があります。これくらいは日本史で教わった記憶があるのではないでしょうか?

日本にとっては負の歴史、今どきの言葉で言えば「黒歴史」かも知れませんが、知っておかなければならないことだと思います。

このとき、売国奴として学生たちに襲われた高官の一人を匿ったのが兆民の息子、中江丑吉です。中江丑吉は、あたしも学生時代に『中国古代政治思想』を読みましたが、とてつもない天才です。今際の際に「父には及ばなかった」との言葉を遺したと言われていますが、決してそんなことはない逸材だったと思います。

2020年5月4日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

装いも新たに

中公文庫で『論語』が出ました。貝塚茂樹訳です。

「あれっ、これって前にも出ていたはず……」と思って、わが家の書架を眺めてみたら、やはりありました。同じく中公文庫の『論語』です。

架蔵しているのは1973年7月10日初版で1990年11月30日の第22刷でした。一年に一階以上半を重ねているロングセラーですね。その後何刷まで行ったのか知りませんが。

そして今回のものは2020年3月25日発行の改版で、倉橋由美子のエッセイと索引が巻末についているのが旧版との違いでしょうか? 文字も少し大きくなっているようで、ページ数も少し増えています。厚みはそれほど変わらないので、紙が薄くなっているのでしょう。

あと、旧版は天がアンカットでしたけど、現在の中公文庫はきれいに研磨されているのですね。そんな違いもありました。

2020年4月4日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

着々と中国史

わが家の玄関先のプランターで咲いている花です。

こちらの方面にはとんと疎いもので、この花の名前をまだ知らない、なんてどこかの作品のようなセリフを吐いてしまいますが、何でしたっけ?

薄いオレンジと白と、二種類ありますよね? 同じ花の色違いですよね? そういうことすらよくわかっていないあたしです(汗)。

さて、岩波新書の『草原の制覇』が発売になりました。

「シリーズ中国の歴史」の第三巻です。ご覧のように、発売されると購入しています。実はまだ読んでいないのですが……

とりあえず、岩波新書のこのシリーズ、遅れることなく順調に刊行されていて嬉しい限りです。このまま刊行がスムーズに行けば、夏までには完結ですね!

2020年3月23日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

勝手に補遺

ミネルヴァ書房から『中国思想基本用語集』が刊行されました。昨日の朝日新聞読書欄でも紹介されていました。

目次など詳しいことは同社のウェブサイトをご覧いただくとして、本書の付録「資料編」がなかなか便利なのでご紹介します。

まずは『諸子集成』です。そこに「さらに『諸子集成』未収の諸子(先秦から唐)を加えたシリーズ『新編諸子集成』が現在刊行中である」と書いてあるように、あたしが学生のころに『新編諸子集成』の刊行が始まりました。もともとの『諸子集成』も架蔵していますが、『新編諸子集成』もずいぶんと架蔵していますので、こちらをご覧ください。

なお『新編諸子集成』は現在、「続編」が刊行中で、書目は中華書局のサイトでご確認ください。

「資料編」での掲載順では前後しますが、『十三経注疏』も学生のころに『十三経清人注疏』というシリーズが刊行開始され、これも刊行されるたび(日本に輸入されるたび)に購入していました。

中国古典に手軽に触れたい方には「文庫・新書で読む中国の古典」が便利でしょう。たぶん、ここに挙がっているものはほとんど架蔵していますし、この一覧に漏れているものもずいぶんと所持しています。学生時代に作ったものなので、その後刊行されたものをフォローしていませんが、あたしも「中国古典叢書内容簡介」というページを作っていましたので、よろしければご覧ください。

2020年3月1日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

在庫切れ?

昨日の大阪でのことです。

とある書店の人文書売り場で担当の方と話をしていると男性のお客様が寄ってきて「文庫で王維の詩を読みたいんだけど」とおっしゃいます。人文書売り場の一角にある漢文などの棚をひとしきり自身で探して見つけられなかったようです。

文庫だと人文ではなく文庫のコーナーに置いてあるわけですが、王維の詩集というと岩波文庫くらいしか思いつきません。早速店内の在庫を検索してみたのですが、あいにく在庫切れ。うーん残念。申し訳ない。

たまたま店頭在庫がなかっただけで、版元品切れということではないと思うのですが如何でしょう? しかし、岩波文庫以外で王維の詩が読めるのってありますかね?

2020年1月28日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

あたしは「先生」ではないのですが……

暮れに自宅へミネルヴァ書房からダイレクトメールが届いていました。中国関係の書籍の案内です。

年に何回か届くのですが、毎回あたしの名前の敬称は「様」ではなく「先生」となっています(汗)。恐らく、中国学会か何かの名簿を使って送っているのでしょう。あたしの勤務先も語学の教科書を発送するときなど、敬称はほぼ一律で「先生」にしていますから。ちなみに、大学などの教員でこの手のDMの敬称が「様」になっていると不機嫌になる人っているのでしょうかね? 出版社側(送る側)の要らぬ気遣いではないかと思います。

それはさておき、今回のDMの中身は、ミネルヴァ書房の中国関係の書籍だけを集めたパンフレットになっているので、非常に便利です。そして巻頭にはこれから出る新刊が2点掲載されていました。

それが2月刊行予定の『中国思想基本用語集』と3月刊行予定の『よくわかる現代中国政治』です。ちなみにミネルヴァ書房のサイトを見ると前者は「3月刊行予定」とあり、後者はまだ情報がアップされていません。

いずれにせよ、この両書、ちょっと気になります。ウェブサイトよりも詳細な目次載っているので眺めれば眺めるほど欲しくなります。特に目に留まったのは『基本用語集』の付録です。《『諸子集成』一覧表、『漢文大系』一覧表》とあります。どんな内容なのでしょう? 実は、あたしもかつてこんなのを作ったことがあるのです。似た感じのものになるのでしょうか?

2020年1月4日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

わが家の「中国の歴史」たち

岩浪書店から新書の新シリーズ「中国の歴史」が刊行されました。

まずは第一巻『中華の成立』が発売になりましたので早速入手しました。最新の研究成果を取り入れた、新しい中国通史になるのでしょう。期待大です。

全五巻予定で、今後は『江南の発展』『草原の制覇』『陸海の交錯』『「中国」の形成』と続くようです。今回の第一巻で唐代までを描き、それ以降を四巻で詳述するわけですね。中国史というと、どうしても戦国秦漢や三国志、世界帝国・唐王朝といったイメージが先行しがちですので、むしろそれ以降に重きを置いた中国通史はとても楽しみです。

ところで、こういった中国史、もちろん学術書もありますが、一般向けの書籍もこれまで多数刊行されています。わが家の書架を探してみましたら、こんなのが出て来ました。

まずは、同じ岩波新書の『中国の歴史』(全三巻、貝塚茂樹著)です。昨今の中国史専攻の学生さんですと貝塚茂樹の名をどれくらいご存じなのでしょうか? 学界では有名な四兄弟ですが……

続きましては、岩波文庫です。

那珂通世『支那通史』(全三巻)です。「支那」なんていう、今だったら出版社が自主規制しそうなタイトルですが、著者の時代にはこれが当たり前、中国のことをごくごく普通に「支那」と読んでいた時代の著作です。

わが家に架蔵しているのは古書肆で手に入れたものではなく、帯を見ればおわかりのように、復刊されたときに買い求めたものです。岩波文庫や岩波新書は時々こうしてかつての名著を復刊してくれることがあるのでありがたいです。

続いては、再び新書に戻って講談社現代新書です。

同新書で「新書東洋史」というシリーズが刊行されていました。ラインナップを見ればおわかりのように、メインは中国史で全10巻の半分を占めています。

ただ、中国史だけでなくインドや東アジアなどアジア全体を扱った通史としてかなり先駆的なシリーズであったと思います。岩波新書が中国史を新たにスタートしたわけですから、現代新書もアジア史の新しいものを出してくれませんかね?

そして文庫に戻って中公文庫です。

「中国文明の歴史」というタイトルが他との違いを出そうという表われなのでしょう。全12巻です。もともとは新人物往来社から刊行されていたものを改題して中公文庫化したものです。

続いては講談社の函入り上製本「中国の歴史」です。

これは全巻セットで神保町の古書肆で手に入れました。どこかの図書室の廃棄本だったようで、奥付のところに蔵書印が捺されていました。ただし状態はよく、月報もついたもので、この状態から予想するに当該図書室では誰一人借りた人がいなかったのではないかと思われます。

上掲の「中国の歴史」にもそれなりに図版は入っていますが、判型を大きくし、カラーでさまざまな図版(写真や図表)をメインで編集しているのが、こちらの「図説中国の歴史」です。同じく講談社からの刊行です。

出版のくわしい状況などは知りませんが、この講談社の二つのシリーズは同時に企画されたのでしょうかね? 前者が文字を中心とした教科書、後者がその資料図版集という風に見えてしまいます。たぶん、講談社としてもそんな位置づけだったのではないかと思いますが、どうなのでしょう。ちなみに、こちらも同じく神保町の古書肆で購入しました。

以上が日本国内で観光された「中国の歴史」ですが、以下に本場・中国で出されたものをご紹介。

まずは「二十五史」です。あたしが学生時代は「二十四史」と言われていましたが、そこへようやく「清史稿」が刊行され、それを加えて「二十五史」という呼称が浸透し始めました。このシリーズもいち早く「二十五史」を名乗っています。

底本は確か「武英殿本」だったはずです。四庫全書で有名な、北京故宮の中にある武英殿です。ですので、このシリーズの本文は、武英殿本をそのままリプリントしたもの、いわゆる影印本になります。

最後にご紹介するのは中国史を学ぶ者が必ずお世話になる中華書局の二十四史、いわゆる「評点本二十四史」あるいは「点校本二十四史」です。

こちらは現在の活字で組んであり、固有名詞には傍線、作品名には破線が付いていて、句読点も施された、学生にも非常に読みやすいものになっています。一応わが家の書架には『史記』から『清史稿』までの二十四史ならぬ二十五史が揃っています。いくつかは人名作品などもありますが、こういう書籍たち、あたしが死んだらどうしたらよいのでしょうね?

2019年11月23日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー

やはり架蔵していました!

東方書店の新刊案内でこんな本を見つけました。

侯景の乱始末記』です。

あれ、この本、どこかで見たことあるぞ? と思い、わが家の書架を探してみましたら、中公新書を並べてある一角にありました。

ずいぶん古い中公新書です。たぶん新刊ではなく古本屋で買ったものです。

この写真でおわかりいただけるでしょうか? 昔の中公新書はビニールがかかっていたのです。それも、ツルツルというよりは少しザラザラしたタイプのビニールカバーです。この手のタイプの中公新書、わが家の書架にも何冊か架蔵されています。すべて古本屋で買ったものです。

話は最初に戻って、こんどの『侯景の乱始末記』は志学社という版元から刊行されるようです。注文書を見ますと、やはり中公新書版の復刊であることが書かれています。

今後もこの手の復刊が続くのでしょか? だとしたらとても嬉しいことですが。

2019年11月22日 | カテゴリー : 罔殆庵博客 | 投稿者 : 染井吉野 ナンシー