探しものは何ですか?

昨日の帰路のことです。書店回りの後、買い物をしました。ちょっとした文房具で、金額も2000円ちょっとです。

そして中央線。

仕事のための重い鞄を肩から提げ、今し方買った文房具の袋、スーパーやコンビニで商品を入れてくれるようなビニールの袋ですが、それを手に持って乗り込みました。車内で当然のことながら読書です。鞄から取り出して本を広げて読み始めます。

いつもなら鞄を肩から提げたまま、片手で本を持ち、片手は吊り輪を掴む、という恰好になりますが、この日は買い物をしたビニール袋で片手が塞がっていました。なので、そのビニール袋を網棚に載せて本を読み始めたのです。文房具ですから、ややかさばるとはいえ、それほど重いものではなく、重さだけを問題にするなら仕事の鞄を網棚に載せる方が理にかなっています。網棚は他の客の荷物でいっぱいになっているわけではなく、十二分に余裕がありましたから。

しかし、あたしは鞄は肩から提げたまま、ビニール袋の方だけ網棚に載せてしまったのです。そしてその後は本の世界にどっぷり。乗った電車は中央特快。新宿からだと中野、三鷹、国分寺と停車駅が少ないのが嬉しいところ。いつもなら、特快に乗れた場合は国分寺まで行き、そこからバスで帰宅するのですが、この日は武蔵小金井北口のダイソーで更に買い物をするつもりがあったので、三鷹で特快を降り、快速に乗り換えました。

特快から降りたあたしは、三鷹駅のホームを少し歩いていました。武蔵小金井駅で階段に近いドアに乗り込もうと思っていたからです。そして乗ってきた特快は発車していきました。その刹那、網棚の上にビニール袋を置き忘れてきてしまったことを思い出したのです。

あっ、と思ったときには後の祭り。特快はスピードをあげて三鷹駅から離れていきます。とにもかくにも駅員に伝えないと、と思ったあたしは三鷹駅の改札口へ向かいました。だって、ホームに駅員なんていませんから。すると、総武線・東西線のホームにある遺失物取扱所へ行くように教えられ、更にそちらへ。そこで、乗ってきた電車と乗っていた車両、忘れ物を置いた網棚は進行方向右側か左側か、忘れ物は何か、形状は、などを聞かれました。

この時既に特快は次の国分寺に着いていたでしょう。係員はダイヤとにらめっこして、終着である高尾駅へ電話して車内捜索を頼もうとしたのですが、電話には誰も出ず。とりあえず、その場は仕方なく氏名と連絡先を伝え、何か見つかったら連絡しますという言葉を頼りに、再び中央線に乗り込みました。

途中、母に「忘れ物をしたので、JRから連絡があるかもしれないから、あったら聞いておいて」とメールを送信し暗い気持ちで帰宅の途についたのです。そして帰宅。あたしを待ち構えていた母は「いったいに何を忘れたの」と言うよりも早く「立川駅から電話があったよ」と告げました。「えっ」と驚くあたし。事情を説明する前に、既にほぼ解決しているとは。もしかしたら、夜遅くなってから連絡が来るのかなと覚悟していたのですが、こんなにも早く連絡が来るとは。

たぶん、あたしの周囲乗っていた乗客があたしの忘れ物に気づいて、たぶんその人は立川駅で降りたのでしょう、その時にそのまま手にして立川駅に届け出てくれたのだと思います。

そして本日。昼過ぎに立川駅まで受け取りに行きました。「2000円くらいのものだから、出てこなかったら出てこなかったで諦めよう」と、昨日の三鷹駅ではそう思っていたあたしですが、いざ見つかったという連絡をもらったら一転安心していました。しかし、立川へ向かう中央線の車内ではまた不安がこみ上げてきたのです。「もし、あたしが忘れたものではなかったらどうしよう」と。

例えば、傘とかそういったものであれば、自分のものが出てくる可能性は高くないかもしれません。それこそ毎日毎日何十本、いや何百本もの傘が置き忘れられ、届けられているのでしょうから。でも、あの日、あの時刻に、中央線特快の車内で、文房具が入ったビニール袋を網棚に忘れた人はそうそういないでしょう。まして、あたしの場合、ビニール袋に書いてある、買ったお店の名前も、入っていたもの(買ったものも)かなり正確に言えたわけですから、そこまで同じ落とし主がもう一人いるとは思えません。

だから、取りに向かう途中も「違ったらどうしよう」という思いと、「絶対あたしのだ」という思いが頭の中で静かな闘いを演じていたのです。そして立川の遺失物取扱所。それは国分寺の方から乗っていった中央線が到着するホームの端っこにありました。氏名などを聞かれ、係員が忘れ物をもってくると、それは昨日置き忘れて以来の邂逅となるあたしのビニール袋、いや文房具。間違いありません。あたしが置き忘れたものです。

そしてこんどは、こんどこそは網棚には乗せず、しっかり手に握りしめて家路についたのです。