チベットのこと

映画「ルンタ」の公開に合わせて、いくつかの書店で「今、チベットを知るために」と題するフェアが開催されています。下の写真が、そんなフェア開催中の書店で配布されているチラシ(もう無くなっていたらゴメンナサイ!)です。二つ折りで、中を開くと、この映画で描かれるチベットについて更に知るための書籍がリストアップされています。

あたしにとってチベットは、行ってみたい地の一つです。中国国内も行ったことのない土地ばかりで、そもそも行ったことがある場所を数えた方が簡単な程度なのですが、「中国国内で番行ってみたいところはどこですか?」と尋ねられたら、あたしは間髪を入れず「ラサ」と答えます。言うまでもなく、チベット自治区の首府です。

もちろん富士山よりも高い標高ですから、自然環境も厳しく、物見遊山気分で行くのは憚られるような場所だということはわかっています。それでもその大変さがあるからこそ行ってみたいと思うのです。裏を返せば、それ以外の中国各地は時間があれば行くことはそれほど大変ではないだろうという思いもあります。

チベット展やラマ教関係の展覧会があると、ついつい時間の都合をつけて見に行ってしまいますし、曼荼羅ポスターを部屋に貼っていたこともあります。北京へ行けば滞在中に必ず雍和宮には行くほどです。別にチベットの文化や歴史に詳しいわけではないですが、とにかく好きなんです。

さて、最初に述べたフェアの話です。実は、あたしの勤務先の出版物もいくつかリストに挙がっているのです。『チベット 危機に瀕する民族の歴史と争点』『チベットの民話』『チベットの潜入者たち』です。映画が中国共産党によるチベット武力制圧、そしてその後の弾圧について描いているドキュメンタリーですから、この三点の中では最初に挙げた文庫クセジュの『チベット』が一番映画の内容にマッチしている本だと思います。

  

ところで、このチラシのリストには河口慧海の『チベット旅行記』も挙がっているのですが、リストでは白水Uブックス版ではなく、講談社学術文庫版が挙がっています。この『チベット旅行記』はこれまでにもいくつかの出版社から出版されていて、現在でも何種類かが入手可能だと思います。ですが、一般的なのは講談社学術文庫の『チベット旅行記()』と白水Uブックスの『チベット旅行記()』、それに中公文庫ビブリオの『チベット旅行記 抄』ではないでしょうか?

    

で、こういう風にいろいろ出ているけど、どれも同じでしょ、だったら安いのを買えばいいのかな、なんて思われる方も多いと思います。確かに、とりあえず軽くかじってみようというのであればそれもよいと思いますが、いろいろと出ている『チベット旅行記』について、かつて高島俊男さんが書いていらっしゃいます。1991年に東方書店から出た『独断!中国関係名著案内』です。たぶんもう品切れではないかと思いますので、下にあたしの所持している同書の写真を載せておきます。もともとは東方書店のPR誌「東方」に連載されていて、それを単行本にまとめたものです。

ただし、高島さんがこの文章を書かれた当時は、手軽な各社の文庫版の『チベット旅行記』が出ていたわけではなく、高島さんはあくまで単行本についての論評です。単行本がそのままほとんど手を加えずに文庫化されたのであれば、高島さんの指摘は今も正しいわけですので、ここに紹介したいと思います。

現在出ている本は三種ある。白水社の西域探険紀行全集7『チベット旅行記』、旺文社文庫『チベット旅行記』、講談社学術文庫『チベット旅行記』である。ただし、白水社版は約四分の一、旺文社文庫は約八分の一の、それぞれ省略がある。(同書P146)

まず分量が異なるんですよね。講談社は一応は全文載っているわけです。しかし分量だけではなく、高島さんはさらに「文章はいずれも原文どおりではない」と述べ、三者の文章を引用しています。そして

白水社は文章そのものを書きかえ、旺文社はかなづかいを改め、漢字をかなに開く、講談社はそのうえカタカナをひらがなに変える。(同書P.147)

と述べ、「明治の文章が持っている明治の匂いがうれしいので、それをこうヘナヘナと書きなおされては、あさましくも味気ない感を禁じ得ない。(同書P.147)」とおっしゃっています。うーん、白水社版、分が悪いです(汗)。

    

ちなみに高島さんが書いている講談社学術文庫版はこの当時5巻本でした。あたしもそのように覚えています。が、最近はそれをまとめた(カットはしていないようです)上下本になっているのですね。

ところで、『独断!中国関係名著案内』には「日中戦争」という呼称に違和感を感じることを述べたエッセイや、一時期の中公文庫の中国関係書籍の充実ぶりを紹介した文章など、いま読んでも抜群に面白いものばかりです。

 

さて、今回はチベットの映画ですからチベットについて関心を持ってもらうのがメインになっていますが、中国学をかじったものの端くれとしては、この機会に中国だけではなくウイグルについても同じように関心を持ってもらえればと思います。