さてさて、村上春樹が遂に取るのかと、毎年の風物詩のようなノーベル文学賞。今年はなんと、あたしの勤務先からも翻訳が出ているフランスの作家、パトリック・モディアノが受賞しました。いやー、驚きました。弊社でも受賞を予測していた人は皆無。受賞した今でも驚いている人がほとんどです。ただ、だからといって受賞にふさわしくない作家なのかと言われれば、そんなことはなく、受賞してみれば至って順当とも言えるものだったようです。
さて、たぶん昨晩8時の発表の後、書店員さんたちは早速、自分のお店にモディアノの作品が在庫しているかをチェックしたのではないかと思います。この時間では出版社はもう営業していませんからね。そして、ほとんどの書店が店頭にはモディアノの作品を持っていなかったのではないでしょうか?
モディアノの作品、弊社以外では作品社、水声社、集英社が出していたようです。「出していた」という書き方をしたのは、出版社に在庫があるのか、既に絶版になっていないのか、そういう問題があるからです。その結果、現在も在庫している、いわゆる「生きている」作品(翻訳書)は、作品社が以下のものです。
『失われた時のカフェで』『さびしい宝石』『1941年。パリの尋ね人
』の3点、水声社が以下の作品。
『八月の日曜日』の一つ。そして弊社が一つ。
『暗いブティック通り』です。
多くの方は書店に探しに行くのでしょうか? それともアマゾンで買うのでしょうか?
「書店は届くのが遅いからアマゾンで買うよ」、そんなセリフをよく聞きます。しかし果たしてそれは真実でしょうか? ネット書店とはいえ、アマゾンも一つの書店です。小売店です。そう考えた場合、本屋なら、そこに売っていればその場で買って帰れます、持って帰れます。でも、アマゾンの場合、午前中に頼めば、夕方くらいには届くのかもしれませんが、場所によっては翌日にならないと届きません。つまりアマゾンの方がはるかに遅いのです。それに当日や翌日に届くのは、アマゾンが自分のところの倉庫に在庫していればの話です。リアル書店がお店にその本を在庫していればその場で売れるように、アマゾンも自分の倉庫にあればこそ、すぐに配達ができるのです。
これは逆に言えば、アマゾンの倉庫になければ、出版社から取り寄せなければならないわけですから、そうなると流通上は街の本屋さん同じことになり、本が届くまでのスピードに違いはありません。アマゾンの倉庫に届いて自宅に配達されるのと、近所の本屋に届いて仕事帰りに寄るのと、どちらの方が速いのか、それはケースバイケースでしょうが、仕組み上はアマゾンが極端に速くなることはありません。
さて、今回のノーベル賞です。
まず、上に挙げた書籍はどれも、リアル書店では在庫しているところがほとんどなかったと思われます。なぜかと言えば、今売れに売れている、大ブームの作家というわけでもなく、つい最近の新刊というわけでもないからです。書棚のスペースに余裕がある大型書店で棚に一冊残っていればラッキーだったと思います。そして、それはアマゾンでも同じだったようです。いかなアマゾンと言えども、あらゆる出版社のあらゆる出版物を何十冊、何百冊と保管しておく倉庫などありません。いままさに売れている作家や書籍なら百や千単位で在庫しているかもしれませんが、それ以外は一冊か二冊持っていれば通常は御の字のはずです。むしろ日本中の全出版物という視点で考えればアマゾン自身が在庫していない出版物の方がはるかに多いでしょう。
つまり、リアル書店もアマゾンも出版社へ発注しないと入荷しないということです。なおかつ、出版社がこれらの書籍を潤沢に持っていたかというと、それも微妙です。まるっきり「在庫切れ、品切れ」ということはないにしても、一気にこれだけの注文が殺到したら、数分で在庫はすべてなくなってしまいます。後はいつ戻ってくるかわからない書店からの返品を待つか、出版社が重版するのに期待をかけるかです。
で、今回の場合、弊社も他社も、重版を決断したようですが、決断したからといって、明日明後日に出来上がってくるものではありません。大手出版社の文庫やコミックなどは数日で作ってしまうのかもしれませんが、こういう文芸書の場合、重版を決め手から出来上がるまで、二、三週間はかかるものです。それまではリアル書店もアマゾンもお手上げです。読者としては近所の書店に注文してもよし、アマゾンに注文してもよし、という状況だと思います。いま、上掲の書籍、アマゾンでもほとんどが品切れか、あっても中古品という状態ではないでしょうか?
弊社の場合、『暗いブティック通り』の重版は今月の24日に出来上がる予定です。これはあくまで出来上がってくる、という日付です。その日に出来上がってくるので、取次(←出版業界の問屋です)に出荷できるのが27日(25日、26日は土日なので)となります。取次から本屋に届くのに何日かかるのか、それは出版社にはわかりませんが、取次の倉庫は基本的には東京にあるので、東京に近い書店の方が早く到着すると言えます。平均すると、今月中に手に入るかな、というところでしょうか。
アマゾンを使う人の理由に、「カードが使えるから」というのもありますが、街の書店もちょっと大きなところならクレジットカードは使えますよね。気軽さで言えば、セブンイレブンで取り寄せるのが、近所にセブンイレブンがある人には便利かもしれないですね。
さて、出版社としてあとは何をすべきか。
まずは、いまは書店にもアマゾンを初めとしたネット書店にも『暗いブティック通り』はないと思います。出荷できていないのですからあるわけがありません。どうしても今すぐにというのであれば中古品を当たっていただくしかありません。「少しなら待つよ」というのであれば、重版をお待ちください。今月末には書店店頭に並ぶはずです。近所の書店に予約を入れていただければなおさらよいと思います。で、こちらも声を大にして、「いま重版しています。もう少し待っていただければ出来上がりますので、申し訳ありませんが、ご勘弁ください」という情報を流すことだと思います。ちょっと(?)待てば手に入るんだとわかれば、いたずらに古書価格がつり上がることもないでしょうし、変に気を揉むこともないでしょうから。我々もできる限り情報を拡散したいと思います。