凍りの掌

一部で話題のコミック『凍りの掌』読了。

絵のタッチはほのぼのとして、ある意味、映画「火垂るの墓」を思い出させます。が、内容はその「火垂るの墓」と同様、かなりキツイものです。

 

最初に驚かされたのは、主人公が東洋大学生だったということ。なんだ、先輩なのかと感じました。

シベリア抑留体験の中ではもっと厳しい体験をした人もいたかも知れませんが、この主人公が味わったものもかなり壮絶です。日常的に人の死と向き合うなんて現在の我々にはあり得ませんし、それに対して何の感慨も催さなくなるなんて信じられない感覚の麻痺だと思います。

本書を読んで感じることは、結局敵味方の違いはあれど、どちらにしてもうまく立ち回ってうまい汁を吸う人間がいて、一番底辺の人間は常に虐げられるだけなんだということ。関東軍や満鉄の偉い連中は終戦間際のうのうと帰国したはずなのに、何も知らされることなくソ連軍に蹂躙された下級兵士はこんな目に遭ったわけなのですね。

そして、中国人にしろ朝鮮人にしろロシア人にしろ、たとえ敵味方とはいえ個人レベルでは友情までは行かなくともそれなりの交流が生まれるということに多少の救いを感じました。どうして国レベルにこの気持ちを活かせないのか……

最後に、やはり共産党は一筋縄ではいかない存在であるということです。極限状態の日本人捕虜に徹底的な洗脳を施し、日本へ送り込む、それを待ち受ける日本人の偏見、差別。これも哀しい現実だったのでしょう。

それにしても、著者が直接体験していないことなので、ストーリーがかなりアバウトです。たぶん語り手である著者の父(主人公)の記憶も曖昧なところが多いのでしょう。それを小説的な脚色で補わなかったところにむしろ共感を覚えます。やろうと思えばいくらでももっと悲惨な物語にも哀しい物語にもできたはずです。それをせずに聞いたままを淡々と絵にした著者の態度は立派だと思います。