出会いと別れ?

今週は、営業回りの途次、着物(振り袖)姿や袴姿の女性を多く見かけました。卒業シーズンなんですね。雨の日は裾が汚れて、たぶん貸衣装でしょうから、「雨で汚すとお金を取られるのかしら?」と、他人事ながら心配になって眺めてしまいます。はい、心配の眼差しであって、イヤらしい眼差しではありませんので、念のため。

自分の卒業式を思い出すかと問われると、まるっきり思い出しません。いや、「自分は卒業式に出ていないなあ」という意味で思い出しはしますが、涙の別れとか、名残を惜しむとか、学生時代を振り返るとか、そんなセンチメンタルな想い出は全くありません。大学の時は、そのまま大学院に進学することが決まっていたので、まだまだ通うわけですから卒業式というのも変なものだ、という感覚でしたので出ていません。当日もバイトをしていました。夕方になってからバイトを少し早めに上がって研究室へ証書をもらいに行ったくらいです。

大学院の時も、今の職場で、既にアルバイトとして働いていたので、やはりその日も働いていて、夕方になってから研究室へ証書を受け取りに行きました。ですから、何人かの恩師や、たまたま研究室にいたクラスメートと話をしたくらいで、特に感慨深い別れをした覚えはありません。

このところは本人も、さらには親までもが大学の入学式、卒業式に出席するような風潮がありますが、あたしのころは、そもそも当人が出席することが稀という時代でした。時代が変わったなあと思います。

ちなみに中学、高校の卒業式は、式典の後、各教室で担任から証書をもらい、最後のホームルームがあって解散になるわけですが、特にクラスメートと別れを惜しむことなく、いつものように帰宅してしまいました。涙を流すこともなければ、別れが辛いということもありませんでした。あえて言えば、高校の時の乾さんとは、もっといろいろ話をしたかったという後悔がありますが……

そもそも、あたしの場合、学生時代はずーっとクラスの嫌われ者(いじめられっ子に近いです)だったので、さっさとこんなクラスや学校とはおさらばしたいという思いの方が強く、辛い別れではなく、清々とした門出と言った方があたしの気持ちを正しく表現できていると思います。

ところで、テレビなどでもこの時季になると決まり文句のように「出会いと別れ」なんて表現を使いますが、あたしはこれに違和感を感じます。まずは3月に卒業などの別れがあり、4月になって新しい出会いがある、という順番ではないでしょうか? つまり「出会いと別れ」ではなく、「別れと出会い」ではないかと思うのです。語呂が悪いですか? リズムがよくないでしょうか? でも時間軸に沿って言えば、たいていの人は「別れと出会い」という順番でこの季節をやり過ごすと思うのですが……