ブラックジャック創作秘話

フジテレビ系で先日放送された「神様のベレー帽~手塚治虫のブラック・ジャック創作秘話~」を録画しておいたので視ました。手塚作品は『ブッダ』『どろろ』をちょこっとだけ読んだことがあるくらいで、『鉄腕アトム』にしろ、『ブラックジャック』にしろ、『火の鳥』にしろ、読んだことも視たこともありませんでした。

 

個人的に手塚治虫に興味があったわけでもなく、好きなマンガ家というわけでもなかったのですが、単純にAKBの大島優子が出ているからという程度の理由だけで視てみたわけです。で、個人的な感想を述べますと、手塚治虫が仕事に手を抜かず、妥協することもせず、自分の限界まで努力をして名作を生み続けたということはよくわかりました。もちろん、ドラマでしょうから、相当なデフォルメ、演出はあるのでしょうけど、ああいう感じはよくわかります。わかるというより、あたしも体感したと言った方がよいと思います。

このドラマを視て、そして見終わって、あたしが思い出したのは、恩師である小松茂美先生、そして伊地智善継先生、このお二人の仕事ぶりでした。学生時代から、そして社会人になってからも小松先生のそばでその仕事ぶりを見る機会がありました。ちょうど畢生の大著『古筆学大成』の最後の配本から、著作集刊行の頃の仕事ぶりを、親しく見ることができましたが、このドラマのように寸暇を惜しんで机に向かい、原稿を書いている姿ばかりが思い出されます。

伊地智先生は、あたしが就職し、その生涯をかけた名著『白水社中国語辞典』の担当編集者として、やはり親しくその仕事を見ることができました。今回のドラマでいう大島優子の役回りです。伊地智先生も、それこそ食事を忘れて、朝起きた直後からひたすら机に向かい、それこそ死の直前まで原稿の完成に執念を燃やされていました。

こんなドラマで泣くなんてみっともないことかもしれませんが、あたしはドラマを視ながら、小松先生、伊地智先生を思い出して、ちょっと泣きそうになってしまいました。ドラマの中でも周囲の人たちはかなり振り回され、不可能と言えるような仕事量をこなしていました。あそこまで極端ではなかったにせよ、小松先生も伊地智先生も同じでした。そして、ドラマの中でもそうでしたが、周囲の人もやはり必至になって先生を支え、最後まで離れることなく先生について行っていました。

そんな周囲の人間の一人に幸いにもなれたあたしは、どうしてあんなに振り回されても離れていかないのか、みんながついていくのかがわかるような気がします。それは結局のところ、周囲の誰よりも、真ん中にいる先生が一番努力をしている、仕事をしている、必死になっているからです。「だって、自分の仕事でしょ」と言ってしまえばその通りですが、誰も文句が言えないほど、命を削るようにして取り組んでいる姿を見たら、手伝おうという気になるのは自然なことだと思います。たぶん手塚治虫の周囲の人も同じだったのではないでしょうか。

ドラマの中でも才能という言葉が何度か出てきましたが、自分が信じた道をぶれることなく一心不乱に追及できる能力に関しては、手塚治虫も、小松先生も、伊地智先生も天才と言ってよいと思います。そこまで打ち込める仕事を見つけることができたのも才能と言ってしまえば、そうなのかもしれませんが……

幸運にも、それだけの仕事をしていた人を二人も身近に見てきて、そういうお前は今どうなんだ、と問われたら、とてもあの世で小松先生、伊地智先生に合わせる顔がありません。情けない限りです。