本がある場所、ふたたび

先日も触れた話題をさらに……

今回取り上げるのは黒田龍之助さんの『ことばはフラフラ変わる』です。この本の場合はわかりやすいと思います。語学書の棚ではなく、人文書の言語学の棚に置かれていることがほとんどなのです。幸いにも初動もよく、先日重版となりましたが、本来は語学書の棚に並ぶものと、こちらは予想していたのです。

しかし、蓋を開けてみると上述のようにほぼすべての書店と言ってよいでしょう、言語学の棚に行ってしまっていました。結果オーライではありますが、複雑な気持ちもあります。書店の方の話を聞きますと、そもそも諸外国語の棚には実用語学のような本しか置いていないので、読み物的なもの、ここで言う「読み物」とは文学作品の対訳式学習書ではなく、語学エッセイ的なものを指しますが、そういった本は諸外国語の棚では置く場所がないということです。そうなると、必然的に人文の言語学へと回されてしまう、ということです。

確かにことばに関する本ですから言語学と言えば言語学ではあります、しかし、本書のような読み物は、言語学と行った堅苦しいものではありません。もっと柔らかく、「外国語を学ぶことって面白いよね」といったことを黒田さん流に伝えようとした一冊です。黒田さんご自身、こういった本を何冊か書かれていますし、黒田さん以外でもこのような趣旨の本はあります。つまり外国語に関するあれこれ、すなわち語学エッセイですから、言語学よりは諸外国語との棚こそふさわしいと思っていたのです。

その一方、とある人文担当者の方曰く、言語学の棚はどうしてもコムズカシイ本ばかりになってしまうから、こういった本を加えることによって棚がソフトになり、取っ付きやすくなるので、語学エッセイを言語学の棚に並べても悪くはない、とのこと。結果的に売れたわけですから、この人文担当の方の見立てが、それなりに支持されたということなのだと思います。

あと、あたしが実際に書店を回っていて感じたのは、そこまで一冊一冊の本を吟味して並べているというよりも、タイトルに「ことば」「言葉」と付けば人文の言語学、「外国語」とあれば語学書、機械的に判断してしまっているのではないか、ということです。その証拠と言うつもりはないですが、『新西班牙語事始め スペイン語と出会った日本人』は、ページを開いてみれば全くスペイン語の学習参考書ではありません。日本におけるスペイン語学習・研究史のような本です。内容からすると、これこそ人文の棚に置かれてしかるべきだと思うのですが、タイトルに「スペイン語」とあるからなのか、ほとんどの書店で外国語の棚、スペイン語のコーナーに並んでいます。

もちろん、あたしとしては、こういう語学、外国語に関わる本は人文よりも諸外国語の棚に置かれる方がふさわしいし、その棚の読者層ともあると思うのですが、さまざまな外国語の研究書を置くスペースが諸外国語の棚にあるのでしょうか? できれば作って欲しいものです。そして、この場合、「スペイン語」とはっきり言語名を謳っているから諸外国語の棚に置きやすいのでしょうね。『ことばはフラフラ変わる』のように、具体的にどの言語のことを書いているのか決められない本は、やはり行くあてのない本たち、ということになってしまうのかも知れません。

ということで、今回も乃木坂46の楽曲のタイトルが通奏低音のように流れております。