人文書とは?

本日は午後から人文会の研修会でした。今回の研修会はジュンク堂書店さんの人文書担当の方々との合同研修会、勉強会でした。人文書って何よ、というオーソドックスで初歩的なものから、いかにして人文書の棚を作るかなど話題は多岐にわたりました。

人文会ではこれまでにも書店さんとの研修会、勉強会を開いてきましたが、あたしが参加したことがあるのはくまざわ書店さん、紀伊國屋書店、そして今日のジュンク堂書店さんです。

基本的には人文書というのは専門書であり、学問的な裏付けというか、学問大系があって、それを書店の棚でどのように再現するか、ということになるのだと思います。もちろん大系の再現をする必要があるのか、という視点はありえますし、書店の棚は学問するところではなく、あくまでお客さんに本を売るところなのだという立脚点はあると思います。

それでも、棚を見に来る人、本を探しに来る人は、やはり人文科学の大系に沿って学んできた人が大多数でしょうから、学問の大系にある程度準拠する、それを踏まえるのは当然だとも思います。そういう意味では、わかりやすい言葉でいえばサブカルのような、従来の学問の枠組みから外れるような(←すでにサブカルは学問の大系の中にポジションを占めていると思いますが、あくまで例として……)ものを書店の棚でどう表現するのかが難しいところなんだなあと感じました。

また人文書の棚に来るお客さんは、書店員以上にその分野に詳しい人もいれば、ちょっと興味を持ったからという人まで、かなり幅広く存在し、前者には見捨てられない程度の棚を最低限作らなければならないでしょうし、後者をいかに取り込めるかも商売としては大事なことなんだろうなあと、話を聞いていて感じました。個人的には、一部を除いて、哲学思想の古典、原典が文庫でしか読めない状況、ちょっとした学問の入門的なものなら読みやすい新書という形で出ている出版の現状を踏まえ、そういった文庫・新書を人文書を、どうやって人文書の棚と融合するか、書店現場の実際の作業としてはそんなところに興味を感じました。

そんな研修会でしたが、第三部として行なわれた北村紗衣さんのシェイクスピアの刊本と女性の読書、蔵書に関する講演(←こういうまとめ方をすると講演内容をミスリードしてしまうかもしれませんが……)が非常に面白かったです。あたし自身はシェイクスピアはほとんど読んだことがありませんので学問的なことはわかりませんが、その作品(本来は上演台本だったのでは?)が刊本として人々に広まる過程は、三国志や水滸伝の講談種本が小説としてまとめられていく中国の元明の頃の状況と、あるいは女性の作品受容史としては、源氏物語が平安の宮廷女房たちの人気を博していたという状況などと、通じるとは言えませんが、あたし的には親和性を感じるものとして、とてもおもしろく拝聴しました。なにより、久しぶりに学術発表的なものに触れたことのワクワク感がなんとも言えなかったです。