仕事と恋愛? 「別れる」って何?

宮木あや子さんの『帝国の女』を読んでいます。なんか、どっかで読んでことがあるような気もしながら、それでも楽しんでます。

そんな中で、ちょっと気になった一節を……

この先、新たな恋愛を始めて結婚に至って「幸せな家庭」を築くまで、果たして私は閉経せずにいられるだろうか。彼氏がいる、という女としてのある種の資格を剥奪された私が伴侶を見付けるためには、またイチから恋愛を始めなければならない。その永遠のような距離を考えると果てしなく気が重い。そして腹も痛い。(P.078)

ものすごく美人なんだけど、男より仕事を選んでしまった主人公が男にふられた後の独白です。年齢的に若いころのような恋はできない、恋愛が結婚に直結してしまうお年頃。別に結婚という形にこだわらなくても、パートナーという付き合いもあるとは思いますが、まだまだ日本では「結婚が幸せ」という価値観も根強く残っていて、こういう葛藤を抱えてしまうのでしょうか?

ただ、仕事か恋愛かというのは女性特有のものではなく、答えの出し方とか、その答えの方向性こそ異なるものの、男性にだってついて回るものではあると思います。彼女から仕事を奪うようなことをしてもよいのだろうか、彼女の仕事を、否、仕事をしている彼女を尊重できるだろうか。そんなところでしょうか?

と、疑問形で書くのは、あたしがそういった男女の機微を全く理解できないからです。この手の小説やドラマ、映画って、なんだかんだ言っても登場人物たちは恋愛をしているわけで、最終的に結ばれたり別れたりするにせよ、一時は相手がいるわけです。だからこそ悩むのでしょうし、ケンカもするのでしょう。

が、あたしと言えば、そんな経験まるでなく、だから悩むことも腹を立てることもなく、ましてやケンカする相手だっていません。「彼氏(彼女)と別れて何年?」というありがちな質問も、あたしの場合は生まれてこの方ずーっとシングルなので、「別れる」という経験がありません。

もちろん、告白した・されたことも皆無なので、ふられたこともなければ、ふったこともないです。これはこれで幸せな一生を送ってきたと言えるのか、それとも不幸なの人生だったのか? この一節の後、主人公は久しぶりに会った同期の友人に、自分は仕事を選んだ、相手のことを慮ることができず、大切なことを言葉に出して伝えられなかったと告白します。これはこれで悲痛な叫びです。

ということで、あたしも他人を慮ることができないので、だから恋愛ができないのではないかと思います。いや、現にこれまで恋愛をしてきていないわけですので、自分の人生をもって証明しているようなものですが……(汗)。