鍵じゃなくて、ただのサラ

録っておいた映画「SARAH サラ」を鑑賞。

サラの鍵」ではなく、ただの「サラ」、インドネシアの映画です(公式サイトはこちら)。

  

物語は、最初ちょっとわかりにくいです。ある男が傷を負いながらも車を走らせている。そしてなんとか自宅(たぶん?)に帰り着いたものの、女刺客が襲ってきて、必至に闘うも、深手を負っている体では抗しきれず絶命。その直後、男の妻が帰宅し、床に横たわる夫の遺体を抱きしめ嗚咽。扉のところに幼い少女が二人を見つめている。

で、次のシーンはその十年後。幼かった娘は年頃になり、母親から武術の手ほどきを受け、女伊達らに(←この表現は女性差別かしら?)かなりの武闘派に成長。ところがこの母娘を狙っている影が……

またある刑務所では、女性が仲間の男性と面会中。そろそろ出所なのか、あるいは脱獄の打ち合わせなのか。直後に、その女囚は移送の途中で仲間が護送車を襲い、まんまと脱走。そのまま国外へ高飛びかと思ったら、娘を残しては行けないというセリフ。ここらあたりでなんとなく、最初の女性の子供だと思われていた武闘派の少女が、この脱獄犯の女性となんとなく似ている、たぶんこの二人がほんとうの親子なんだろうなあ、と匂わせます。

となると、武術を仕込んでいる女性は誰? どうして武術を仕込んでいるの? そしてどうして何者かに狙われているの? といった疑問がわいてきます。すると、武闘派母娘の自宅が何者かに銃撃され、二人は命からがら亡き夫が用意しておいたマンションへ逃げます。娘を取り戻そうと脱獄女性とその仲間もやってきますが、母娘も襲った連中も既にいなくなった後。

さて、武闘派の母は刑事の男性をなにかと頼りにしているのですが、その男性がいずれは大統領になろうかという男と接触。この男、いまでこそ政治家として名を成しているものの、かつては悪に手を染め、相当悪いことをしてきたらしい。そんな男がかつて愛した女性が脱獄した女性で、この二人の間にできた子供が武闘派の娘。どうやら、この刑事も頼りになる友人面をして、密かにこの母娘を監視していたようです。

ところで、なんでこの娘が武闘派の母の家で育ったのかと言えば、十年前、この大統領になろうかという男たちを、武闘派の母の夫たち刑事が逮捕に向かったものの返り討ちに遭い、夫は重症を負いながらも退却しようとし、たまたま脱獄女性が運転していた車が通りかかったので、その車を奪って逃走したのですが、その車の後部座席には幼い娘が乗っていたというわけ。このあたりの過去の解きほぐしはスピーディーで、あっという間です。

そして友達ヅラした刑事から呼び出しメールを母ではなく娘が先に見てしまい、一人で立ち向かっていきます。娘がいなくなったことに気づいた母もすぐに後を追いますし、脱獄女性とその仲間たちも娘を取り返そうと、大統領候補の男性とその仲間たちの元へ向かいます。

脱獄女性一派と武闘派の母は、特に面識があるわけでもなく、仲間というわけでもなさそうですが、とりあえず娘を助けたい一心で、ここでは共闘関係になり、共に政治家一味、悪徳刑事らを相手に銃撃戦を繰り広げます。銃の腕もよく、彼は少数とはいえかなり善戦し、ほとんど敵を倒しますが、その間に仲間は一人また一人と倒され、最後は脱獄女性と武闘派の母しか残りません。そして実の母も政治家、つまり昔の夫に倒されますが、その政治家を武闘派の母が助け、ジ・エンド。結局、少女は武闘派の母の元でこれからも生きていくのでしょう。