妄想、空想、創造

近々刊行予定の『アメリカ大陸のナチ文学』は〈ボラーニョ・コレクション〉の最新刊で、ファン待望の一冊だと思います。タイトルから「いったいどんな本なの?」という興味が生まれると思いますが、決して評論ではありません。

簡単に言ってしまうと、アメリカ大陸(主にラテン)で、戦時中にナチとつながりがあった文学者30名ほどの略歴や人となり、作品解説などをまとめた文学者事典、あるいは文学者列伝です。とはいっても、そんな文学者が実際に存在したわけではなく、すべてボラーニョの創作、彼が頭の中で作りだした文学者であり、作品であり、そして彼らの活動なのです。

えーっ、30名もの架空の人をでっち上げたわけ?

はい、その通りです。ボラーニョ作品と言えば、これでもかというくらい人物を登場させる大パノラマが一つの特徴ですが、本書もその例に漏れず、それだけの文学者をボラーニョが作りだしたのです。巻末には、主な人物の索引的なリスト、彼らの活動の舞台となった主要な文芸誌(もちろん、それも架空)、そして文学者たちの作品リストが数ページにわたって掲載されています。ここまで来ると、もうご立派としか言いようがありませんね。

しかし、こういった作品、過去にもなかったわけではありません。近いところで探すなら、あたしの勤務先の刊行物にもこんなのがございます。

 

まずは『ユニヴァーサル野球協会』です。これも諸説です。野球小説と言えば当たらずといえども遠からず。ただし、実際に行なわれている野球ではありません。主人公の頭の中で毎晩繰り広げられる想像上の野球リーグの話です。日本にも野球盤といったおもちゃがありますが、ああいう盤ではなくサイコロを使って行なうものではありますが、どんな球種を投げるかだけではなく、各選手の特徴、その日の体調なども考慮し、なおかつ球団経営陣まで登場してしまうほどの規模です。なにせ数チームが存在し、リーグ戦を戦っているわけですから、すごいものです。いや、スゴいのは主人公の拘りというか集中力です。

そしてもう一点、『みんなの空想地図』、これもタイトルどおり、実際にはない架空の都市の都市地図です。子供の落書き程度の地図を想像したとしたら大間違いです。本書を手に取ってぜひその地図をご覧ください、これが架空なのかと思わせるほどの出来栄えです。著者曰く、街の規模から人口を決め、その人口規模であればどのくらいの商業施設が必要か、小学校や中学校はどのくらいあればよいのか、すべてきちんと計画して地図を作り上げているのです。

どうでしょう? これだけの妄想、いや空想。ここまで来ると、立派な創作です。偏執狂などと言ってはいけません。ここまでこだわり抜く、その精神力に脱帽です。