果たして派閥抗争なのか?

中国の高官・令計画失脚のニュースが日本のテレビや新聞でもそれなりに取り上げられています。

中国に関心のない方には、「計画って人の名前なの?」というところからして、既に不思議ワールドかも知れません。ネットでは令計画の兄弟の名前がすごいとして話題になっているという副産物もあるようです。兄兄姉本人弟という五人兄弟で、「方針・政策・路線・計画・完成」という名前だというのですから、親は何を考えているのだか……。よっぽど共産党政権とその政策に揺るぎない信頼を寄せているのでしょうか? まあ、一連の報道で、同じく疑惑の渦中にいるお兄さんが「政策」という名前なので、ネット住民が面白がって調べてみたら、他の兄弟もすごい名前だったということなのでしょう。

それはともかく、あたし自身は彼らの名前には興味はありません。関心があるのは、日本の報道でしばしば見られる、今回の件を共産党内部の権力闘争と捉える見方です。図式としては、紅二代である習近平が、先代の総書記・国家主席である胡錦濤の支持母体である共青団の力を弱めるために、その有力者でもある令計画を失脚させたというものです。

確かに、今回の件、共青団にとっては痛手かも知れませんが、今後の十年、二十年先を見据えた人材ということになると、やはり共青団出身者が多くを占めていて、決して大きな痛手になるとは思えません。もちろん令計画を引き立てた胡錦濤の発言力が弱まるということはあると思いますし、それによって習近平の権力がいっそう強固になるという結果も生じるでしょう。

ただ、それで習近平の紅二代が力を得るのかというと、そうではないでしょう。そもそも紅二代を共青団に対立する派閥と見なすことがおかしいと思います。確かに親同士が政府高官同士であったりして、小さいころから仲が良かった、親しかったという関係は個人個人の間にはあるでしょう。でも、それによって派閥が作られるような関係なのかと言えば、そうではないと思います。二代目とはいえ、その境遇などにはかなりの違いがありますから、二代目で良い思いをした人と、逆に苦労をした人とでは同じ紅二代と括ってもよいものか、と思います。

ですから、今回の令計画の事件は、中国の派閥争いなんかではない、というのがあたしの見立てです。

では何か? とりあえず習近平とその政権から言えば、江沢民に近い周永康胡錦濤に近い令計画の二人を失脚させることで、二人の先輩総書記に対しても強く出られる点はあるでしょうし、こういう強い後ろ盾があっても容赦しないという一罰百戒的な意味もあったと思います。そして、この後者の意味の方が習近平にとっては大事だったのではないでしょうか?

一党独裁の中国共産党に自浄能力はあるのか? これは現在の共産党に突きつけられた非常に深刻な問題です。胡錦濤も温家宝もこの問題を放置しておいたら共産党は潰れるとまで語っていたくらいですから、トップレベルでは共有されている認識でしょう。しかし、庶民は「どうせ小物だけを言い訳的に捕まえて、本当にうまい汁を吸っている大物には何のお咎めもないんだろ」と思っているはずです。いや、そう庶民に思われていると共産党の幹部たちは恐れているはずです。だからこそ、トップに可愛がられたものといえども容赦しないぞ、というところを見せつける必要があったのだと思います。

共産党の危機感の表われ、本当に自浄能力があることを満天下に示すため、今回のことは起きたのだと考えられます。問題はこれで庶民の溜飲が下がるのか、ということです。

とりあえずは、「うん、習近平政権、やるじゃないか」「これなら本当に悪い奴らを退治してくれるんじゃないか」という期待を抱かせていると思います。でも、ここからが怖いところだとも思います。こういう感想を庶民が抱いているうちは習近平政権への応援団となりますが、このままもう何人か高官、トップに登りつめた人の腐敗、不正が摘発されたらどうなるでしょう? 庶民は「これで悪事が一掃されて、本当にきれいになった」と思ってくれるでしょうか? むしろ逆に「トップに近い連中の周りでこれだけの悪事を働いていた人がいたということは、まだまだ他にもいるのではないか」「これまで比較的クリーンと思われていた共青団出身者でも、高位に昇ると悪事に染まってしまうんだな」と思い、「結局は権力が共産党に集中しているからいけないんだ」「一党独裁が不正、腐敗の温床になっているんだ」と考え始めるのではないでしょうか? いや、既に第二次天安門事件のころから、そういう指摘をしている人は中国にも大勢いますし、現在も声を上げている人は数知れないでしょう。

となると、共産党を糾すために習近平がやっていることが、共産党を潰すことに繋がりかねません。かといって、腐敗追及は徹底的にやらないと庶民の支持は得られないでしょうから、習近平としては、どこまでやるか、庶民の風向きはどっちを向いているのか慎重に見極める必要もあるわけで、やはり難しい舵取りになると思います。

こう考えると、55年体制なのか知りませんが、複数政党制を実施しつつも、実質的に自民党の一党独裁が行なわれている日本が、習近平には羨ましくて仕方ないのない国に見えているのではないかと思うのです。