白い、そして暮れなずむブティック通り

『暗いブティック通り』読了。

主人公は探偵社に勤める男で、もう決して若くはない。そして記憶を失っていて、探偵社で数年来働く以前のことは何一つ覚えていない。現在の名前すら後から便宜的につけられたものである。その彼が、探偵社の閉鎖を機に自分の過去を探る旅に出る、というのがストーリー。

と、こう書くと、この作品を通じて主人公が誰なのか、なぜ記憶を失うことになったのかが解明される、一種の謎解き物語が予想されます。確かに、主人公が誰なのか、本当の名前は何で、どんなことをしていたのか、どんな交友関係があったのかは、ほぼ明らかになります。記憶を失うことになったと思われる出来事もだいたい明らかになります。

でも、どうでしょう、この読後感。謎がまるっきり解明されていないかのようなもやもやとした感じ。

主人公は自分の過去を求めてパリの町を歩き回ります。行き先々で自分の過去に関わったと思われる人に出会い、話を聞き、記憶の糸を少しずつたぐり寄せていきます。最初はある人物だったように誘導しつつ、実はその人物の友人だった、というあたりは鮮やかな展開です。ただ、いろいろな関係者に会い、そこから自分を取り巻く人について知見を増やしていくものの、それらの人が最後はどうなったのか、それも謎のままです。主人公本人すら、すべての記憶が取り戻されていない以上、周縁人物がどうなったかなどわかるわけないのですが、主人公の過去が十分に明らかになっておらず、むしろまだ多くの謎を残してる以上、これら周縁人物たちの謎ももやもやとして残ります。

訳者があとがきで書いているように、記憶をなくしたとおぼしき出来事から探偵社で働くまでの十数年が謎のままですし、幼い頃のこともわかっていません。聞き取りをするうちに、徐々に記憶が断片的に戻ってくるかのように差し込まれる過去の情景は主人公の頭の中に現われたフラッシュバックなのでしょうが、果たして本当にあったことなのか。そもそも主人公は記憶を取り戻したとは、とても言えるまでには至っていませんし。

こういうのがフランス流、あるいはモディアノ流なのでしょうか? 「さあ、ここから先は読者の皆さんそれぞれでお考えください」と言われているようです。 本当はこれで前編終了、さらにドラマチックな展開の後編がありそうな感じです。

ところで主人公はパリを歩き回ります。街路の名前とそこにある建物や雰囲気はかなり細かく描写されています。パリに詳しい読者なら「ああ、あそこね」という風に、町歩きを楽しみながら読めるのでしょうが、あいにくパリに疎いあたしには、どの通りも同じ映像しか思い浮かばず、通りごとの表情が見えてこないのが残念です。