大学院の入試は東洋大学の場合、10月と3月にありました。どちらを受けても構わないので、つまりチャンスは2回ということです。現在もこの制度のようです。ただ、内部からの受験なら先生方もどういう学生かわかっているので10月入試でも構わないようですが、他大学からの受験の場合は卒業論文が評価の資料になるらしく、3月入試になるようです。これも決まりではなく、なんとなくそういう風になっている程度のものです。ただ現実には内部・外部を問わず10月に受ける人は非常に少ないです。
やはり他大学から受ける人は、3月に「滑り止め」的に東洋を受けることが多いのでしょうか? 私の頃はあまり大学院に進む人も多くなかったので何とも言えませんが、最近はずいぶんと学生が増えています。その理由は99年4月からいよいよ東洋大学の中国哲学専攻にも博士後期課程ができたからです。そのためこの数年大学院の学生がかなり多くなった模様です。後期ができると学部生にもよい影響が出るとは、他大学の大学院へ進学した友人などからも聞いていますので、これで東洋も伝統を活かしてますます発展していってくれるものと期待してます。
さて、そんなことはいいとして私の大学院入試です。私も初めは準備などもあり3月に受けるつもりでいました。が、いろいろ考えているうちにみすみす2回あるチャンスのうち1回を放棄することはないな、と思い始めました。大学院へ進学することは前々から決めていましたし、それなりに中国哲学・文学については興味を持って自分なりに本を読んでましたからもう一度おさらいしておけば何とかなるかな、受からなくても3月の本番の予行演習だと思えば、大学院入試の雰囲気をつかんでおくだけでも充分だ、と考えました。卒論主査の先生には以前から大学院へ進むと話してましたので、そうか受けるか、じゃあ問題を作らなきゃ、程度で受け流されました。
ところがそれとは別に大きな問題が私の家庭で持ち上がりました。なんと地価高騰・バブルの絶頂期に家を買うことにしたのです。その当時住んでいたところは、父親の会社の社宅で、父親の定年まではまだ10年ほどありましたが、住宅ローンのことを考えるともう準備しておかなければ、定年と同時にその家を追い出されることになりかねません。幸いその当時パートをしていた母親のパート先の知り合いに不動産関係の仕事をしている人がいて、あの時期としては地価高騰から忘れられたような値段の物件がありました。まあ、中古住宅で路地の奥というものですが、これで永住の場を見つけることができたので、一安心です。もちろん金銭的にはそれから長く苦労を背負い込むことになりますが、高いマンションの家賃に比べれば、「自分のもの」になるわけですから、苦労の甲斐があると思いました。
で、この住宅購入が大学院入試にとってどういう問題なのか……。別に私はそういう家庭内の問題で自分のリズムが乱されるような柔な性格ではありません。銀行へ行ったり、ローンの手続きをしたりなど、家の中がバタバタしていてもどうということはありませんでした。
一番の問題は、これに伴う引っ越しでした。いろいろ思案の挙げ句、引っ越しは10月の8日に決めました。その年の暦ではこの日は日曜日です。休みは土日しかないですから、前日の土曜日に住んでいる家で引っ越しの準備をして、よく日曜日に運搬という手筈にしたのです。もちろん少しずつ準備は始めてましたし、新しい家の内装工事が終わってからは、小物などの運び込みも始めてました。道が空いていれば車で30分ほどの距離でしたので、それほど苦労はしませんでした。
以上の暦をもう一度確認していただければおわかりと思いますが、8日が日曜日なら9日は月曜日で仕事や学校があります。そして翌日10日は体育の日で休みです。飛び石ではあるが、10日の日もあるから何とか家の中も片づくだろう、というのが最初の腹づもりでした。が、よりによって大学院入試は筆記試験が9日、面接試験が11日だったのです。試験の準備はしなければならないは、家の片づけもしなければならないは、という訳でもうてんてこ舞いでした。それに新しい家ということは通学手段も変わるわけですから、地理不案内な土地で、何時に家を出ればよいのかもわからず、そういう面での負担が大きかったです。
結果的には見事合格しましたからよかったですが、私の大学院入試の最大の障害は自分の家の引っ越しというみっともない状況でした。
勉強面では、東洋の入試科目は中国語・英語(英語は辞書持込可)・中国哲学史・中国文学史という出題科目でしたので、一番力を入れたのは中国文学でした。英語は辞書を持込んでいいのであれば、受験で培った力で何とかなるだろうと思っていました。中国語も基本的には読解ですから、それほどの脅威も感じませんでした。なにしろ中国哲学専攻の大学院ですから、中国哲学・中国文学でそれなりの得点を上げなければ洒落にならないだろうと覚悟して準備をしました。
具体的にやったことは、哲学の方は自分の専門でもあるので、まあ何となくわかっていましたが、文学の方はさっぱりでしたので、文学史のおさらいから始めました。大修館書店から出ていた「中国文化草書」の文学概論と文学史をとにかく時間のある限り読みました。引っ越しの荷物の中でこの本と英和辞典だけは、すぐ持って出られるように一番取りやすいところに置いておきました。とりあえず大雑把な、本当に大雑把な文学史の流れを頭に入れ、どうにかこうにか試験に臨んだというのが事実です。今から振り返ってもよく受かったものだと思います。受験直後は完全に落ちたと思っていました。1日おいて行なわれた面接ではやはり先生方から「文学の得点が悪かった」と指摘されました。私も落ちたとばかり思っていたので3月の入試のために、何か文学史・文学概論の参考書はないですか、と逆に面接の席で質問するような状態でした。ちなみにその時先生方から教えてもらった概論書をその後間もなく購入しました。今ちょっと本棚の中で行方不明なのでわかり次第紹介します。ただ、その当時で既に古本屋でしか入手できない状態でした。
哲学史で読んでいたのは武内義雄「支那思想史」(岩波全書)でした。やはり古本屋で500円で買ったので、書名は「支那…」ですが、現在は「中国…」の名で売られています。
(第13回 完)