価値観が同じ人

よく「結婚相手に求める条件は?」といった質問に、「価値観が同じ人」と答える人がいます。表現は異なるものの、ほぼ同趣旨のことを答える人は多いようですし、第一条件として上げなくとも、「そうであるのに越したことはない」と思う人はほとんどではないでしょうか。

ここまで重く表現しなくても、あるものを見たり聞いたりしたときに、自分と同じような感想を持つ人は好ましいと思うものです。さらに言えば、「ウマが合う」ということでしょうか。「なんか一緒にいてしっくりくる」とか、「そうそうと共感するところが多い」なんていうのも同じようなことだと思います。

が、あたしの場合、男女を問わず、そういう人に巡り会ったことがありません。

多少仲良くなったとしても、「あっ、やっぱりこの人とは合わないな」と思うことがしばしばで、それはたぶん、あたしの方が他人に対して壁を作ってしまっているからだろうとはわかっているものの、いつの間にかできていた壁、自分では意識して作った覚えのない壁なので、その壁の越え方、壊し方もわかりません。

そんな中、こんな人に巡り会いました。「ごんさん」です。

「ごんさん」は高校生の女の子で、世界史の授業で涙を流しそうになるくらい歴史上の人物に思いを寄せ、ほとんど号泣しそうになるという。あたしは、号泣まではしないものの、この感覚はよーく理解できます。そして教師の授業はつまらないので、勝手に世界史の図説のページをパラパラとめくり、次のような感想を漏らすのです。

 

 横長の判型の図説には、右のページに世界地図があって、その時代時代の勢力図が色分けされている。地図の左のほうではローマ帝国が広がり、めくっていくと真ん中のトルコがどんどん大きくなり、そうこうするうちに右のほうでモンゴル帝国が想像を超えた範囲に勢力を伸ばす。
 こんなに広いところまで! こんなに遠いところまで!
 今のわたしたちが車を使っても何日もかかるような距離を、彼らは馬で走って行く。そう思い浮かべるだけで、いても立ってもいられない気持ちになる。

 

この感想。あたしがずっと思っている気持ちと全く同じです。特にモンゴル帝国の拡張については、あたしも学生時代からクラスメートや周囲の人に、モンゴル高原から馬だけで、ヨーロッパまで駆けていったんだよ、としょっちゅう言っていた時期がありまして、まさしく「ごんさん」と同じ感想を抱いていたのです。

そりゃ、厳密に言えば、同じ人間がモンゴル高原からヨーロッパまで馬で駆けていったわけではありません。しかし、「あっちの部族が服従しなかったから」「この前の闘いに非協力的だったから」といった程度の理由で、「よし、そっちがその気なら目にもの見せてやる」式にドンドン西へと進んでヨーロッパまで行ってしまうなんて、なんていう連中なのでしょう。それこそ体中の血液が沸騰しそうな気さえします。

はい、「ごんさん」は実在の人物ではありません。そんなに親しい女子高生など、あたしにはおりません。「ごんさん」は、柴崎友香さんの小説『星よりひそかに』の登場人物の一人です。上掲の引用は、その79ページに出てきます。

それでも、あたしはこの部分を読んだときにものすごい衝撃を受けました。こんなにあたしと同じようなことを考えている人がいる、と。

しかし、冷静になって考えると、これは小説の中の人物です。ですから、この人物のつぶやきや気持ちは、すべて作者である柴崎さんが作り出したものです。ということは、柴崎さんもこういう感覚をお持ちなのでしょうか?

いやいや、作家というものはいろいろな人を取材して作品を創り上げるわけで、必ずしも作者自身が投影されているとは限らないでしょう。この「ごんちゃん」のキャラクターも柴崎さんが作品の構想を練る中で創り上げていった人物です。

とはいえ、モンゴル帝国について、馬であんなところまで行った、という登場人物の考えを柴崎さんはどこから作り出したのでしょうか? あたしは柴崎さんには何度かお目にかかったことがありますが、こういう話題で話をした記憶はありませんので、柴崎さんが別の誰かから仕入れたものでしょう。もちろん、モンゴル帝国に対してこういう感想を持つ人は、それこそごまんといるのでしょうけど。

ところで、この「ごんさん」ってどんな感じの子なのでしょう?