費用対効果

あたしの勤務先では、だいたい毎年決まった時季に出張があります。年に三回ほど東京以外の各地方の書店を回るわけです。東京のように、毎週のように、あるいは二週間に一度、一ヶ月に一度訪問している書店と比べると格段に訪問回数は少ないですが、やはり直接会って話をするのは大事な仕事ですので疎かにはできません。

首都圏の場合、かなり郊外の書店を除けば、気軽に行けるので、こういう書き方は書店に対して失礼ですが、それほど大きくない書店だろうと、売り上げがそれほど多くない書店であっても訪問することができます。そんな風に訪ねていると、面白いフェアや企画を考えている書店員さん、一所懸命うちの本を売ろうと頑張ってくれている書店員さんに出会うことができます。これが書店営業の醍醐味でもあります。

ところが出張ですと、そうはいきません。一応は何日間の出張という基準がありますから、その日数内で該当地域の書店を回らなければなりません。必然的に大型店や売り上げの高い書店を中心に回ることになります。東京ならこの程度の売り上げの書店にも時々顔を出すのに、地方だとこれだけの売り上げがあっても顔を出せない、ということもしばしば起こります。地方に支社が会ったり、地元の営業代行業者を使わない限り、これは致し方のないことだと思います。

こういう時に使われるのが「費用対効果」という言葉です。

なんで地方の書店は訪問できないのかと言われれば、それなりの出張費がかかるからです。往復の旅費、新幹線や飛行機には割引切符がありますが、それでも都内近郊を回る交通費に比べたら格段の出費です。なおかつ出張日数に応じて宿泊費がかかります。出張の日数を増やしたら増やしたで宿泊費が増えるわけで、そのぶん多くの書店を回ることができますが、その増えた経費分の売り上げを上げられるのかと言われれば、この不景気の世の中、そう簡単ではありません。

とはいえ、上にも書いたように、実際に顔を合わすと言うことの効果というものは金銭で図ることができません。会った人であれば、その後は電話やファクスでフォローすることもできるでしょう。こちらだけでなく、書店の人から見ても一度あった出版社の人とそうでない出版社の人というのは違うはずです。それがその後のフェアとか、日常的な発注にも影響してくるはずです。

この分をどう計算するか。そこが悩ましいところです。特に来年に創業100年を控えているあたしの勤務先としては、その露払い的な意味でも、今年は少し目先の経費を少々度外視しても、来年以降への好効果を期待して少し丹念に地方の書店も回った方がよいのか。いやいや、そんな余裕はない、それよりもふだん回っている書店で確実に注文を上げてくる方が大事ではないか。そんな心の中の葛藤もあります。

大都市の書店にはそれなりに顔を出しているとは言え、言ってしまえば、回っているのは大型書店ばかりで、中小書店はほとんど回れていません。売り上げの伸び代としては中小書店の方が可能性が高いということもわかっていますし、大型店は在庫もそれなりにしっかりしているので、訪問したからといって注文がもらえるというわけではありません。それでも、大きなフェアをやってもらうには大型店ということになりますし、売り上げでも店の大きさに比例して売ってもらっているので顔を出さないわけにはいきません。

また、どうしても回る効率を優先しますので、中小書店でも大型店を回る道すがらに立地していると訪問することも可能ですが、逆に言えば大型店でもあまりにも交通不便なところに立地していると回れない、回るのをパスしてしまうことも多々あるのです。それでも、あるジャンルだけに特化した出版社であれば、そのジャンル担当の人に逢えればよいわけで、そのジャンルを扱っていない書店はスルーすることも可能ですから、一日にかなり多くの書店をこなすこともできるでしょう。でも、あたしの勤務先の場合、語学、人文、文芸、芸術、料理、社会と多岐にわたっています。お店によっては更にその中が細分化されていたりして、担当者がそれぞれにいることがあります。結果、一つの書店に一時間や二時間滞在することもざらで、そうなると一日に数店しか訪問できないこともあります。そんなんで営業と言えるのか。お金をかけて出張に出ているんだから、もっと注文を取らないとダメじゃないか。ホテルの部屋でそう思うこともよくあります。

他の出版社の人と話しても、皆さん同じような悩みを抱えているようです。実際に訪問する、書店の人と顔を合わせる、話をするということの効果は、具体的な金額という目に見えるものでは表わせないけれど、どう斟酌するか。来年に向けて、今年は特に悩みが深いです。

いや、悩んでいるのではありません。どう考えたらよいのか、ひたすら思案しているだけです。悩み事ではないです。