2012年4月22日

本の選び方

先日授賞式があった本屋大賞

書店員がお薦めするというのは、本屋大賞に限らず、いまや広告にも本の帯にもあふれています。書店員のコメントがあれば売れるというのは言いすぎにしても、売れるための必須のアイテムになっていると言っても過言ではないでしょう。

でも、よーく考えてみると、日本人っていつから自分で本を選べなくなったのでしょうか?

確か、あたしが小学生の頃、国語の時間は、月に一回くらいは図書室での読書に当てられていたと思います。今はそういう時間ってないのでしょうか? あの授業、ただ生徒全員が図書室の席に座って黙々と各自好きな本を書架から出してきて読むだけの時間で、先生から本の選び方とか読み方を教わったという記憶はありません。

授業という、半ば強制的にでも本に触れさせることによって、本に親しませるというやり方だったのでしょうか? たとえるなら、いきなりプールの中に投げ込んで泳ぎ方を学ばせるみたいな......。でも、それって一つ間違えば読書嫌いを増やすことにもなりかねない両刃の剣ですね。

で、話は戻って書店員のコメントですが、そういうのがないと本を選べないというのは、あまりにも本がたくさん出ているからというのもあるでしょうけど、やはり日本人が全体として本を自分では選べなくなっているということなのではないでしょうか。

音楽なら、CMやドラマで使われていて自然と耳に入ってくるということもありますが、本の場合、街を歩いていて朗読の声が聞こえてくるなんてことはまずありませんから、タイトルくらいは聞いたことがあっても、なかなか内容まで知っているという人は少ないのでしょう。

それに、ケータイやネット、ゲームなど、読書以外にやりたいことも現代人には多いですから、本のような時間ばかりかかる作業は苦手になっているのかもしれません。だからでしょう、名作のあらすじだけをまとめたような「お手軽」ものが売れたりするわけです。

でも、出版不況と言われる昨今、やはり自分で本を選べるような能力を鍛えないと、結局本が売れなくなってしまうのではないでしょうか? 現状のように書店員のコメントだけに頼っていると、あるいはテレビで取り上げられたという理由だけで選ばれていると、一部のものすごーく売れるベストセラーと、その影で省みられることもなく断裁されていく大量の本、という二極化、それもかなりアンバランスな二極化になってしまうのではないでしょうか。氷山の一角的な。

そういう意味で、江戸川区が始めた試みは興味深いものですし、こういう試みが全国的に広まっていけばよいかと思います。本屋や児童館などではしばしば「読み聞かせ」という催しをやっていますが、対象は就学前の子供ですよね。その次には自分で本を選べるようになる教育をしないとならないのではないでしょうか?

かつて、PCが家庭に入り込んできた頃、高校や大学でパソコンの使い方、パソコンとのつきあい方を教えなければいけないという議論が起き、数年たってようやく情報科という教科が出来ましたけど、遅ればせながら、読書にもそういったプログラムが必要なのではないかと、そんな気がします。

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