2012年1月 8日

幸福比べ

いま巷で話題のアランの「幸福論」を集めてみました。

なんといっても今回の「幸福論」ブーム、火付け役はNHKの番組「100分 de 名著」の11月の放送です。ここでアランの「幸福論」が取り上げられたのがそもそもの始まりです。



毎月ある名著を取り上げているこの番組、書店の方に聞くと、これまで今回の「幸福論」ほど反響のあった作品はなかったそうです。確証があるわけではありませんが、震災後の日本社会において、<幸福>という言葉がキーワードになって、人々の心に訴えかけるものがあったのではないかと思われます。

当初、この番組についてはノーマークで、あるとき「最近やけにUブックスの『幸福論』の注文が増えているなあ」という事実の後追いで、この番組で取り上げられていることに気づいたのです。

そうか、NHKがそんな番組をやっていて反響が出ているのか、放送は各回25分で全四回、合計100分という番組タイトルどおり。今月いっぱいはまだ放送があるから、さらなる増売が可能だ、という判断で、11月半ば前にチラシを作り、書店に案内をしたのです。

ただ、あたしのところの『幸福論』の反応については上々でしたが、書店を回っていると必ずしも<幸福論フェア>をやっているわけではありません。前にも書きましたが、NHKのテキストはNHKテキストのコーナー、岩波と角川、集英社の文庫は文庫コーナー、うちのUブックス版は文芸書コーナーというふうに売り場が分かれてしまっていて、なおかつその間の連携が取れていないのか、取ろうとしないのか、こちらとしてもどこへ営業したらよいのか迷いました。ちなみに、ディスカバー・トゥエンティーワンも「幸福論」を出していますが、こちらは単行本でたぶん自己啓発コーナーがメインではなかったかと思います。

ところで、アランの「幸福論」をNHKの番組で見て、じゃあ一冊読んでみようか、と思った人が書店に行った場合、どこのコーナーへ行くでしょうか? もちろんお店の人にいきなり聞いてしまう人もいるでしょうし、店頭近くで<幸福論フェア>を設けてわかりやすく展示している書店もあったでしょう。でも、ごくごく一般的な読者であれば、アランは思想家なんだから人文書、哲学・思想書コーナーへ探しに行くのがふつうではないでしょうか?

しかし、こういった哲学・思想書の原典に限らず、日本では街頭コーナーにこういった原典が並んでいることはまずなく、「幸福論」もディスカバーのものやUブックスが並べられていればよい方でしょう。例えばこのところ同じくブームになっている「論語」や映画で話題の「源氏物語」も、それぞれ中国思想や中国文学、日本古典文学のコーナーに行っても、ほとんど翻訳は置いていないのではないでしょうか?(源氏は最近の方の翻訳がまだ単行本で入手可能かしら?)

で、「幸福論」も、手に取りやすいのは文庫になっているのです。岩波文庫、集英社文庫、角川ソフィア文庫です。これらが人文書コーナーに並んでいる書店はまず見かけませんでした。

  

そして、先ほどから挙げている新書サイズのUブックスです。



Uブックスは多くの書店で文芸コーナーの片隅に置いてくれていますが、判型が新書サイズなので辛うじて単行本と並べることも可能であり、人文コーナーに置いてもらっている銘柄もありますので、人文担当の方に案内するのはたやすかったです。

ただ、こちらとしては自分のところの本だけを案内して置いてもらえればもちろん営業としての仕事は十分ですが、それだけでは盛り上がりにも欠けますし、読者にとっても面白味があるはずがありません。結果的に自分のところの本も売れずに終わってしまいます。やはり、ここはいろいろな「幸福論」を一堂に会して、<幸福論フェア>みたいな展開を期待したいところです。なにせ天下の公共放送、NHKが一ヶ月にわたって宣伝してくれているわけですから、それを利用しない手はありません。

さて、人文書担当の方はそれなりに反応はよいのですが、だからといって文庫3種を簡単に並べるわけにはいかないのが昨今の書店事情のようです。やれ検索機の登録がどうの、人文書の売り上げにカウントされないだの、極めてマイナスな思考回路ですが、超多忙な書店現場においてはそういった対応になってしまうのも致し方ないようです。

翻って文庫・新書担当の人に働きかけたらどうでしょうか? Uブックスはお店によっては文庫・新書コーナーに並んでいることもありますから、こちらの方がやりやすいでしょう。もちろん、テレビを見てアランの「幸福論」を買いに来た人が文庫コーナーに探しに行くのかはわかりませんが......

が、こちらもあまり乗りがよいとは言えません。いくつかデータの見られる書店の在庫を調べたのですが、あたし自身が入手に苦労したように文庫3種をしっかり積んで展開しているところは皆無に近かったです。つまり文庫コーナーではフェアをやっていないということです。

その理由もなんとなく推測がつきます。文庫・新書の売れ筋って、たぶん今回の「幸福論」の盛り上がりで売れた数などを歯牙にもかけない数字を売っているのでしょう。われわれのように人文中心で、この程度売れただけでも大騒ぎしてしまうジャンルとは、そもそも普段の動きからして異なるのだと思われます。きっと文庫・新書担当の方は「そりゃ、御社にとってはすごい売れ行きなのかも知れませんけど、文庫・新書はそれとは桁が違うんですよ。そのくらい動くものでないとフェア展開は出来ません。それに数種類も出ているんじゃ、売れ行きが分散しちゃうでしょ? 一点を数百部単位で売りたいんですよ」とお考えなのではないでしょうか?

これはやや穿った見方かも知れません。それにすべての書店が上述の通りだといいたいのでもありません。ただ、全体的にはそんな印象を受けてしまうのです。この不景気だから、なかなかこういったささやかな動きをきっかけにさらに売っていこうという動きになりにくいのかも知れません。「NHKの番組があるから、もう少し仕入れてさらに売ろう」というよりも、「NHKの番組があるから、なんとか今ある在庫がはければ御の字だ」という感覚になっているのではないかと思います。

この閉塞感をなんとかしなければ、この業界、本当に明日はない、という気がします。

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