2011年7月16日

ともだち考

ちょっと前、営業先の書店員さんから言われた言葉が引っかかっています。「引っかかっている」という表現は正しくないかも知れません。あたしの心をもう少し正確に表わすなら「戸惑っている」というべきだと思います。

その書店員さんは、あたしのことを「友達だと思っている」と言うのです。

あたし自身は、もう何年も営業していて親しくなった書店員さんであろうと、まだ数えるほどしか会っていない書店員さんであろうと、はたまたあたしのことを覚えてくれていない書店員さんであろうと、一律に書店員さんであり、確かに比較的仲が良い、良くないとか、話しやすい話しにくい、といった差こそあれ、書店員さんという括りにおいては一緒です。友達という意識を持ったことはありません。

だって、あくまで仕事を通して知り合った、仕事を通して接触のある相手であって、あたし、もしくはその人が仕事を辞めたら、それっきりになってしまう関係でしかないと、あたしは思っているからです。現実に、あたしが知らないうちに辞めていた人なんて数え切れないくらいいるでしょう。もちろん、律儀に退任、退職のハガキをくれた方も何人かいらっしゃいますが、どう考えても机の中の名刺の人に一律に送ったように感じてしまいます。

突き詰めて言ってしまうと、書店員と版元営業は友達になれるのか、ということで、あたしはそこに根本的な疑義を抱いているのです。出版社側としては本屋さんで本を売ってもらいたい、だから本屋の中で良い場所に並べてもらいたい、と考えます。書店員側からすれば、売れてる本の情報とかいろいろ引き出したいと思っているでしょうから、お互いに外面をよくし、愛想を振りまいているだけのような気がします。

もちろん、人間ですから、「あの人は嫌い」という感情はあると思います。版元営業から見れば、こちらが一生懸命説明しているのにろくに話も聞いてくれず、けんもほろろにあしらわれたら、その人に好感情を持つとは思えません。書店員側からすれば、本の情報もなく、無駄話だけをして大切な仕事の時間を潰すような版元営業は来て欲しくないと心の底から思っているでしょう。

だから、相手に対して「嫌い」「苦手」という感情は理解できるのです。でも、どう転んでも、そこに「友達」というような感情の要素が入ってくることはありえないと思うのです。

もちろん、出版社の営業と書店員さんが結婚した、なんていう話はよく(でもないか?)聞きます。ただのビジネス上の関係から、友達を通り越して、恋人そして人生の伴侶という関係にまで進んだのですよね。現実例としてあることは認めますが、少なくともあたしの身の上では、そんなことはありえない、起こりえないと感じます。

しかし考えてみますと、このダイアリーに何度か書いたように、あたしは学生時代のクラスメートとも全くつきあいがありません。卒業すれば縁は切れます。だから、同窓生とか同級生、クラスメートこそいても、友達はいません。そもそも、友達と呼べる存在があたしにはないのです。

今だって、会社の人は同僚であり、友達ではありません。書店員さんに限らず、他の出版社の人、取次の人、印刷・製本会社の人、みんなビジネス上の知り合いであって、友達であるわけがないです。あたしの世界では、人はすべて家族・親戚、知り合い、その他のどれかに分類されているのです。

しかし、そうなると不思議なのは、世間の人というのはどうやって友達を作っている、いや作るものではなく、自然と友達になるものなのでしょうか? そんなことからしてあたしにはわかりません。小学校の時、イジメに遭い、友達だと思ってたクラスメートにもイヤなことを言われて以来、相手の承認なしにこちらから一方的に友達だと思うのは間違いのもと、傷つくもとだと感じ、自分からは一切、他人を友達だとは思わないようにしてきました。

この人は比較的人当たりがよく自分にもソフトに接してくれる人、この人は敵対的な目で自分を見ている人、そんな風にしかクラスメートを見られなくなりました。小学校からこちら、ずーっと友達なんかいませんし、作ろうとも思いませんでした。少なくとも相手の気持ちが確かめられないうちは、こちらから一方的に友達だと思うようなことは厳に慎んできました。受け身と言われればその通りですが、とにかく自分からは友達を作らない、そんな人生を数十年送ってきたわけです。

で、初めに書いた書店員さんの言葉、たぶん遠い記憶を呼び覚ますほど、あたしの人生に縁のなかった言葉、台詞でした。しかし、いまさら友達だと言われても、あたしはどのようなリアクションを取ればよいのでしょう。

あたしも、その書店員さんのことを友達だと思ってよいのでしょうか。でも、その書店員さんかあたしのどちらかが仕事を辞めれば縁も切れ、きっとそれっきりになってしまうでしょう。それでも、この一瞬だけは友達でいる、ということなのでしょうか。友達って、そんなに簡単になったり、やめたりできるものなのでしょうか。

所詮は仕事上のつきあいでしょ、とあたしは答えましたが、そんなことはないと言われました。ただ、それに加えて、その書店員さんから、あたしは友達を作らないのではなく、友達を必要としていない人間だと指摘されました。

確かにこれまで、その時その時に必要な知り合いで、人生を賄ってきました。友達を必要としていないと言われれば、そのとおりなのかもしれません。

あたしはその書店員さんと友達になれるのか、否、そもそもあたしに友達が作れるのか、もう少し考えてみたいと思います。



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