2011年6月15日

未成熟の市場

毎日毎日、よくもまあ変な夢ばかり見るものです。今朝は、誰に追いかけられているのかわかりませんが、海辺の崖、ゴツゴツとした岩場を伝って逃げていて、足を滑らせ海中へ真っ逆さま、という夢を見ました。ただ、不思議と怖さとかそういうものはなく、なんかワクワクしていた感覚が残っています。それにしても、どうしてそんな崖になんて行ってしまったのでしょうか?

さてさて、昨日の夕刊の「出版サバイバル」ではまたもや電子書籍のことが話題になっていました。このところ、新聞や雑誌、ネットでもどこかで必ず電子書籍の話題が出ている感がありますが、結局どこへ向かうのでしょうか?

新聞の電子版?

そもそも新聞はお金を払って講読しているので、それほどの違和感はないかな? ただ、昨今は新聞の購読率が落ちているようですから、そもそも新聞を取っていない人には見向きもされないのではないでしょうか? それはそうと、新聞のスクラップブックを作っている文房具メーカーも、実は内心でヒヤヒヤしているのではないでしょうか。

コミックの電子配信?

これが日本では主流みたいですけど、そもそも紙でも売れているコミックと、大して売れていないコミックの二極化が進んでいるのではないでしょうか? これは電子になろうが同じことではないでしょうか? むしろますます一極集中に拍車がかかる可能性だってありますよね。

学術書の電子版?

重版がしづらい、出来ない少部数・高価格の学術書、専門書でも、電子書籍なら在庫リスクもないし、もっとも電子メディアに合っていると言われますが、そもそも学術書の市場ってのが、電子になったからといって飛躍的に広がるわけではないので、福音とか朗報ということにはならないと思います。ただ、学生時代、古本屋で高価格になってなかなか買えなかった専門書が手頃に手に入れられるようになるのであれば嬉しいです。

でも、どうでしょう? 中身を読むという意味では、村上龍がやっていたような音が出る、絵が動くなんていう仕掛けは要りません。少なくとも文系の専門書では。むしろ、変な修飾や装飾をやめて、プレーンなテキスト状態で配布された方が使い勝手はよいのかもしれません。そのテキストデータを流して混んで閲覧するソフト・アプリだけあれば事足りると思います。

古典の電子化?

国会図書館や内閣文庫などに蔵される稀覯書などが電子化されて気軽自宅からネットで見られるようになったら便利だと思います。東京にいるとその図書館へ赴くのも比較的楽ですが、地方在住の研究者ですと大変ですよね。それがかなり緩和されるのではないでしょうか?

ただ、この電子化、国会が進めているのがどういうものか詳細を理解していないのですが、画像化しただけでは意味がないです。もちろ、異体字や俗字などテキスト化しづらい問題が多々ありますが、ある程度はテキスト化も含めた電子化でないと、研究者としては帯に短したすきに長しです。

でも、個人的には電子化と聞いて真っ先に有用性を感じるのはこの分野です。ただ、どこまでを古典として認めるのか、グーグル問題と似た構図が浮かび上がってきます。日本国内発行のものであれば、とりあえず第二次大戦以前に刊行されたものはオーケーとか、そういった基準を作らないとならないでしょうね。

いずれにせよ、記事にもありましたが、まだまだ未成熟どころか、きちんと誕生していると言い難い分野なので、どうなりますことやら。とりあえず、いろいろな人の努力で死産にはならなかったようですが、いまは保育器の中に入っていて予断を許さない状態だと思います。呱々の声を大きく上げるには至っていないと思います。

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