2011年5月 1日

堪能三連発[後編]

「写楽展」の後は、「ブッダ展」です。仏陀ではなく、ブッダ、手塚治虫のマンガをベースとした展覧会です。ですから、大人だけでなく子供も多い展覧会場でした。



それにしても、漫画が展示されているのって、場所が東京国立博物館だけに、最初は違和感を感じました。仏像とその解説パネルの間にマンガのパネル。ちょっと不思議な気分です。

このマンガ「ブッダ」は小学生か中学生の頃、ちょこっとだけ読んだことがあります。なぜちょこっとだけなのかというと、その当時はまだ完結していなかったのではないかと思います。で、結局その後、続刊を買わなかったので、それっきりになってしまったというわけです。

それにしてもブッダ、否、釈迦は、あたしの専門とする中国史で言うと孔子と同じような時代のはずです。どちらも荒れた世の中に生まれ、人々の苦しみを目にし「何とかしなければ」と思ったところまでは共通しています。しかし、孔子は政治に一生を捧げようとし、釈迦は宗教を開いて救済しようとした。この違いは二人の性格の違いでしょうか、それとも当時の国情がそうさせたのでしょうか?

しかし、ほとんど庶民に近い身分だった孔子に比べ、釈迦は王子です。自分がその気になれば国政改革をして民衆を救うこともできたのではないでしょうか? それから逃げて宗教で救済しようというのは、本当の救済と言えるのか、という気がしないでもないです。もちろん、その一方で、宗教の方が魂の安らぎを与えられるという意味では、現実政治で何かをするよりも真の救済になっているという見方もできると思います。

なんでも中国に引きつけて考えてしまうのはあたしの悪い癖ですが、孔子釈迦老子は三聖などと呼ばれたりもしますから、比較するのはあながち見当外れなことでもないですよね?

ブッダ展を見終わって、次に向かいましたのは東京芸術大学美術館。「香り展」が開催中です。



あたしは、香道などやりません。とてもそんな優雅な趣味に没頭できるほどの暇もなければお金もありません。興味はなくもないですが、現実には敷居があまりにも高いです(汗)。なので、こういう展覧会を見て、その一端にでも触れられればと思います。

で、見てみますと、ああ、香道って本当に雅な世界です。調度品もピンから切りなのでしょうけど、陳列されているものはすべて素晴らしいものばかりです。こんな世界にのめり込んでいったら、お金がいくらあっても足りない感じです。見ているだけならタダだからと堪能させていただきましたが、洒落た香炉の一つくらい、手元に置きたいものです。

それにしても、展示のかなりの割合を占めていたのは絵画ですが、こういうテーマで展示をされて改めて気づかされたのは、絵画には実によく香が描かれているということです。それだけ貴族だけでなく庶民にも身近なものだったのでしょう。寝っ転がって香をやっている絵もありましたから、庶民にはそれほどありがたい「道」ではなかったのかも知れません。あたしも、カバンに匂い袋をぶら下げていますが、それくらいの気軽なものだったのかも知れませんね。

展覧会は、やはり香道を嗜まれているとおぼしき女性の姿が多かったですが、男性の姿もチラホラ。それに、もう少し観覧者が少ないかと思っていたのですが、意外と盛況なのにはびっくりしました。ショップでは京都の松栄堂山田松香木店がお店を出していましたが、こんど京都へ行ったときには是非お店に行ってこようと思いました。(松栄堂は銀座にもお店がありましたね!)



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