2011年4月10日

需要と供給

3月は、今年は東日本大震災などという未曾有の出来事があったので、例年どおりに語るのは難しいのですが、一般的に言って、語学書がよく売れる時季です。いや、語学書に限らず、学習参考書と言われるジャンルは、どこの出版社もどこの書店もおしなべて年間で一番売れる季節が3月から5月の3か月ではないでしょうか?

基本的に、あたしの勤務先でもそうです。毎年、この三ヶ月が年間の売り上げのピークになります。今年の場合、3月がどういう結果になるかはまだわかりませんが、それでもこの3か月に年間のピークが来ることに変わりはないと思われます。

あたしの勤務先の場合、そのピークに貢献しているのは語学書です。語学書と言っても英語ではなく、むしろ英語以外の外国語の参考書が主力です。英語はほぼ全く出していないと言っても過言ではありません。

逆に、フランス語やドイツ語、スペイン語、イタリア語など、大学のカリキュラムで言うところの「第二外国語」と言われるジャンルが主力です。それに加えて、マイナー言語も手広く出しております。「エクスプレス」というシリーズは、外国語好きの人の間ではかなり有名なシリーズであり、安定した売り上げを維持しています。

ところで、今あたしは、仏独西伊という順番で言語名を挙げましたが、世間では順番が違いますよね? 英語を別格としても、その次に来るのは中国語、そして韓国語(朝鮮語、ハングルとも)ではないでしょうか? NHKのテレビ・ラジオ講座のテキストだけを見ると、ハングルが一番売れます、という書店も多いかと思います。駅などの看板も日本語の他には英中韓が書かれていることが多いですし、電車の中のモニター表示、デパートや街中の標識、各企業のウェブサイトの選択できる言語、どれもほとんどが英中韓の3か国語が主流です。

でも、あたしの勤務先は、なにをおいてもフランス語という歴史があるので、ここは勤め人として勤務先の顔を立てて仏独西伊という順番で言語名を挙げ、あえて中韓はネグレクトいたしました(汗)。どの言語にもそれなりの学習者がいて、需要があるわけですから、別にあたしの勤務先が世間に倣って中国語や韓国語の参考書を積極的に出さなくてもよいとは思います。

確かに、出版社の中には、中国語がブームだと知ると中国語の学習参考書を出し、韓流だと聞けば韓国語の本を出す、というところは多いです。出版社も営利企業ですから、「文化、文化」とばかり言っているわけにはいきません。世間の流行を見る目も持たないとやっていけないでしょう。

でも、あまり節操なく出していると、「あの出版社が出している本って、ちゃんとしているの?」という風に思われてしまう面もあります。その逆に、フットワーク軽く流行に乗れないと、たとえ得意ジャンルの本を出していても、「いまどきの感覚を持っているのかな?」と、これまた読者に疑念を持たれかねません。

そのあたり、やはりバランスなのかなと思います。出版社としての王道であるジャンルをしっかり充実させていくと共に、流行にもしっかりと目配りをしていく、それが大事なのだと思います。

で、そういう流行りを調べているわけではないのですが、あたしはここ数年、毎年各出版社からどんな語学書が出ているか調べています。調べた結果をメルマガで配信すると同時に、ウェブサイトでこんな風にまとめています。

見てますと、毎月毎月、中国語と韓国語は、本当に「これでもか」というくらい新刊が出ます。イヤになってしまいます。確かに、新装版とか新版といった、あまり変わっていないものも、いかにも「新刊です」という装いで出ていたりしますが、それでも多いです。

フランス語はなんとか健闘していますが、それでもかなり少ない月、全く新刊のない月があります。かつては第二言語のトップであったドイツ語など見る影もありません。たぶん、二十年、三十年くらい前なら英語以外には仏独しか選択肢がなかった大学も多かったと思いますが、この凋落ぶりは目を覆うばかりです。

上にも書いたように、世間の看板や表示の現実を見れば、この新刊出版点数の差もむべなるかな、です。ここまで差がつくと、やはりめざとい出版社は、数年前まではフランス語やドイツ語ばかり出していたのに、いまではそんな言語は一切出さず、もっぱら中国語と韓国語だけを出していると言われても不思議ではありません。

しかし、これだけ新刊が出ていて、実際に売れているのでしょうか? これだけ競争相手が多いと、当然のことながら価格競争も起きます。見ているとデフレ・スパイラルに陥っている面があるようです。もちろん競争相手がいないから、いくらでも高い値段をつけてよいというわけではありませんが、競争相手が多いと無理して安い値段をつけざるを得ない状況になるでしょう。

それって、大出版社ならともかく、中小出版社にとってどうなのでしょう? 売れないと、自分の首を絞めるだけですよね。こう言ってはなんですが、大出版社なら二色刷、CD付で1600円の本を出すのも簡単でしょうけど、中小出版社にとってはかなり大変なことです。できるなら、2500円くらいもらいたいところです。(とりあえず、ページ数はおいといて......)

でも、大出版社が既に1600円で出していたら、こちらも頑張って、少なくとも2000円は切るような値段をつけざるをえません。それでバンバン売れればいいですけど、売れないと悲劇です。地獄です。そもそも、大出版社とでは売るための「営業力」が違うわけですから、ここでも勝負になりません。

もちろん、語学書って、やはり中味ですから、一概に値段の安いものに読者が流れるわけではありません。高くたってバカ売れしている本はいくらでもあります。それでも、「あの本は高いけど、高いだけの価値はある」という評価を得られるのは一握りです。本当に良い本なのに、そういう評価を得られずに消えていった本は数限りなくあります。

リアル書店だと、目立つところに大量にバーンと並べてもらえる大出版社の安い本と、せいぜい一冊か二冊がひっそりと棚に置かれる中小出版社の本とでは、なかなか勝負ができません。でも、ネット書店ですと、そういうハンディがなくなり、特に最近の読者レビューでは、大出版社の本だからということも関係なく評価されるので、中小出版社にも活路が見えてきたと言えるのかもしれません。

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