志怪・伝奇と南米文学
岩波新書の新刊『ラテンアメリカ十大小説』を読んでいるのですが、これが面白いです。
そもそも、ラテンアメリカ文学なんてこれまで全く読んだことがなく、いや、マルケスは二つ三つ読んだかな、でもとにかくほぼ門外漢、ズブの素人で、マルケスの他にはボルヘス、リョサくらいの名前しか知らず、確か「マジック・リアリズム」とかっていうのがキーワードだったわよね、程度の知識しか持っていないあたしでも、とてもわかりやすく読めます、読めてます(汗)。
ところで、その第二章、カルペンティエル『失われた足跡』なんですが、著者・木村さんのあらすじ解説を読んでいると、なんか中国古典の桃源郷を彷彿とさせます。時代が止まったような異境の地に足を踏み入れて、ほぼまるまる桃源郷です。
その他にも、南米文学の特徴を知るにつけ、なんか中国古典に似たようなものがあるなあ、という気にさせられます。人が虫や獣、はたまた非生物に化けるなんて話も中国古典にはたくさん転がっています。そもそも「マジックリアリズム」というか「現実の驚異的なもの」という表現を木村さんも紹介されていますが、中国の場合、むしろ「驚異的な現実」と言えるような社会であり歴史であります。
とまあ、あたしのようなド素人が、表面をなぞっただけの印象でこんなことを言ってしまうのは不敬きわまりなく、「何言ってんの、あのバカ」と言われるのがオチかも知れません。でも、中国文学と南米文学の類似性と相違点って、比較研究してみると面白いのかも、と思いました。
二十世紀にラテン文学ブームが起きたように、確かにフランス宮廷を始めとしたヨーロッパに中国ブーム<シノワズリ>が起きたという歴史がありましたよね。中国と南米の文学比較もいいけれど、ヨーロッパにおける中国文学受容と南米文学受容の比較研究も面白いかも知れない、そんな風に思えます。
あっ、ちなみにタイトルの志怪、伝奇とは中国古典文学のジャンルの名前で、志怪小説、伝奇小説というのがあります。詳しくは、とありえずはウィペディアで中国文学や小説の項をご覧ください。
そもそも、ラテンアメリカ文学なんてこれまで全く読んだことがなく、いや、マルケスは二つ三つ読んだかな、でもとにかくほぼ門外漢、ズブの素人で、マルケスの他にはボルヘス、リョサくらいの名前しか知らず、確か「マジック・リアリズム」とかっていうのがキーワードだったわよね、程度の知識しか持っていないあたしでも、とてもわかりやすく読めます、読めてます(汗)。
ところで、その第二章、カルペンティエル『失われた足跡』なんですが、著者・木村さんのあらすじ解説を読んでいると、なんか中国古典の桃源郷を彷彿とさせます。時代が止まったような異境の地に足を踏み入れて、ほぼまるまる桃源郷です。
その他にも、南米文学の特徴を知るにつけ、なんか中国古典に似たようなものがあるなあ、という気にさせられます。人が虫や獣、はたまた非生物に化けるなんて話も中国古典にはたくさん転がっています。そもそも「マジックリアリズム」というか「現実の驚異的なもの」という表現を木村さんも紹介されていますが、中国の場合、むしろ「驚異的な現実」と言えるような社会であり歴史であります。
とまあ、あたしのようなド素人が、表面をなぞっただけの印象でこんなことを言ってしまうのは不敬きわまりなく、「何言ってんの、あのバカ」と言われるのがオチかも知れません。でも、中国文学と南米文学の類似性と相違点って、比較研究してみると面白いのかも、と思いました。
二十世紀にラテン文学ブームが起きたように、確かにフランス宮廷を始めとしたヨーロッパに中国ブーム<シノワズリ>が起きたという歴史がありましたよね。中国と南米の文学比較もいいけれど、ヨーロッパにおける中国文学受容と南米文学受容の比較研究も面白いかも知れない、そんな風に思えます。
あっ、ちなみにタイトルの志怪、伝奇とは中国古典文学のジャンルの名前で、志怪小説、伝奇小説というのがあります。詳しくは、とありえずはウィペディアで中国文学や小説の項をご覧ください。
読んだ感想を書く