2010年11月12日

<新装版>考

先日、というか、つい数日前、あたしの勤務先から刊行になった本、昨日、一昨日あたりの営業回りでは、行く先々で「今日の荷物で入ってきましたよ」なんて言われ、無事市場に流通している模様です。ただ、個人的にはちょっと忸怩たるものがあります。

実はこの本、<新装版>なんです。在庫としては1年ほど品切になっていたかな、という感じで注文があっても出荷できない状態の商品でした。それでも、今も棚に持っている書店さんもあるらしく、この数日、こんどは「新装版が入荷しましたので、旧版を返品させてください」という連絡が届くようになりました。

定価が少し上がってしまいましたので、お店としては「一物二価」になってしまうので、旧版を返品してすっきりさせたいところなのでしょう。もちろん、お客様としては少しでも安井ものを買いたいわけですから、旧版も置いておきます、という書店さんも数多いわけですが、実のところ、新装版ということに気づかず、下の棚に旧版が、上の棚に新装版が並んでいる、そんな書店も中にはあるのかもしれません。

こちらが営業回りをしていて店頭で気づいた場合には書店の方にお知らせしますが、日本全国すべての書店に顔を出せるわけでもないですし、新旧両書が置いてあるお店がどこにあるのかなんて更にわからないことなので、しばらくはこういう状態が続くのかもしれません。

ところで、なんで値上げしてまで新装版なんか出したの? という素朴な疑問が読者ならあるはずです。

改訂版とか増補版というのであれば、刊行以来数年、きっと内容も新しくなって、古い方を持っていても、やっぱり今度出た新しい方も買っちゃおう、という購買意欲がわきますが、新装版ですと基本的には内容はほぼ旧版から変化なし、それこそカバーを変えただけのものがほとんどです。ある意味、詐欺と呼ばれても言い訳ができません。

内容が変わらないのであれば、新装版などといって新しく出すのではなく、単に重版・増刷すればよいのではないでしょうか? ちょっと出版事情に詳しい方ならば、そう思うはずです。それこそ書店の店頭や新聞広告には「重版出来ました」という広告が踊っています。そういうやり方だってあるわけですから。

なのに、なぜ重版ではなく、新装版とするのでしょうか? この業界にいる人ならほぼ自明なのですが、業界外の方にはわかりにくいかもしれませんね。簡単に言えば、重版だと配本はできない(しにくい)けれど、新装版なら新刊扱いなので配本が出来るというのがその理由です。

こう言っても、やはりまだわかりにくいですか? もっと露骨に言ってしまえば、配本すれば、配本というのは書店に本を卸すことですけど、そうすれば出版社には本の代金が入ってくるからです。出版社から問屋である取次に卸し、取次から書店日本が回る、そういう流通が起ると、この逆方向にお金の流れが起きるのです。書店の店頭で実際に本が売れたか、売れているかどうかは関係ありません。出版社としては本を出荷しただけでお金が入ってくるのです。

でも、それは新装版でなく、全くの純然たる新刊でも同じことですよね、と言われますが、はいその通りです。流通上は新装版というのになんら特別なものはありません。

結局、はっきり言ってしまえば、出版社としては、売れようが売れまいが取次に本を出荷すればお金が入るという現在の出版業界の流通事情がある以上、毎月毎月新しい本を作って出荷したいのです。コンスタントに新しい本が出版できれば問題ないですが、ある月に新刊が少なくなると、「えーい、仕方ない、しばらく品切だった本を新装版にして出し直そう」ということになるのです。

時々新聞や雑誌などでも問題視される、出版業界の宿痾です。もちろん、この流通システムにメリットもあります。あるからこそ、長い年月この方法でこの業界が回ってきたわけですから。ただ、電子書籍とか、いろいろな新しいことが起きてきている昨今、このシステムのままでよいのかどうか、考え直す時期に来ていることも確かでしょう。あたしなんかにはわからない難しい問題ですが......

でも、こういった新装版を出して収入を確保するというやり方、あたしの勤務先だけでなく、多くの出版社がやっていることですけどね。

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