2010年7月 5日

変装した天使?

シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』読了。

寡聞にして、パリにこのような書店があるとは知りませんでした。現実にいま存在するシェイクスピアアンドカンパニーだけでなく、かつての同書店のこともです(汗)。

ストーリー自体は、ほぼノンフィクションで、カナダから逃げるようにやってきた二十代後半の主人公が、パリで行く当てもなくシェイクスピアアンドカンパニー書店に転がり込み、そこで半年ほど暮らし、書店の店主ジョージや同じように書店に転がり込んできた人々を触れ合いながら、これまでの自分を見直し、人生をやり直す、といった感じの話です。

ただ、ノンフィクションだからなのか、これといった大きなエピソードがあるわけでもなく、主人公の心の軌跡というのも、あたしにはイマイチつかみきれませんでした。もちろん、それ以外の人々、書店に寝泊りする若者たちの描写も、わかりにくいところも多々ありました。

でも本書の場合、味わうべきなのはストーリーでもなければ、主人公の物語でもなく、この書店の存在そのものなのでしょう。かつての伝説は失われたとはいえ、やはり現代のユートピア的な場、いっとき現実世界から離れてモラトリアムを楽しむというか、現実世界になじむためのリハビリ施設と呼ぶべきか、とにかくそんな場としてのこの書店の存在そのものが物語だとい得ます。

ちなみに、読み始めてすぐに感じたと言いますか、思い出したのは、上海にあった内山書店のことです。こちらも多くの文人たちのたむろするサロンとして機能し、数々の伝説に彩られています。もちろん両書店とも戦争の影響を受けています。洋の東西、当時としては世界で最も繁華と言ってもいいような都市に、似たような書店が営業していたというのは、奇妙なシンクロです。

さて、本書にはなかなか気の聞いたセリフもいくつかありました。

見知らぬ人に冷たくするな
変装した天使かもしれないから(P.23)


これは店のドア枠の上に書いてある言葉で、同書店の公式ソングの一節です。次は、同書店のオーナー、ジョージの言葉です。

何より悲しいのは、ほとんどの万引き犯は盗んだ本を読まないことだ(P.114)


このつぶやきは、現在の日本のすべての書店員さんの気持ちと同じなのではないでしょうか。もちろん、そもそも「万引きは犯罪」なのですが。

あと、個人的にジョージとあたしが似ているなあと感じたのは

いつも彼が虚勢を張っていることに気づいていた。他人に自分を印象づけるために、あるいは単に自分自身から逃れるために、一種の仮面をかぶっていたのだ。(P.187)


という部分です。これは主人公がジョージに対する感想、印象を述べたくだりですが、なんかあたしのことを言われている気がしました。

それと日本人にはちょっと耳が痛いのですが、こんな箇所もクスッと笑ってしまいました。

奇妙なことに、ルイ・ヴィトンのほうは、パリでアジア人にバッグを売るのを渋っているように見えた。ヨーロッパの高級ブランドとしてのイメージを落としたくないために、ある種の客に対して店の商品を買いづらくしたのではないかと僕は思う。いつ、どこのルイ・ヴィトンの店に行っても、店に入れてもらうのを待つ長蛇の列ができており、その大部分は日本人や中国人だった。彼らは何時間も外で待たされるばかりか、店に入ってからも、店員から病原体のように扱われ、アクセントを鼻であしらわれ、ハンドバッグと小銭入れという二種類の品物しか買わせてもらえないのに僕は気づいた。(P.280)


ここを読んで、アジア人蔑視だという感想は持ちませんでした。むしろ、するどい観察だなあと思います。そして、日本人としてアジア人として情けない気持ちにもなりました。もちろん、すべてのアジア人が、高級ブランドが似合わないなんてこともなければ、ヨーロッパ人よりセンスも趣味もよい人だって大勢いると信じていますが......

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