場末のスナック
誰に連れて行かれたのか、誰と行ったのか、よく覚えていないのですが、いかにも場末という風情の漂う露地にある、小さなスナックへ行きました。
露地の入り口の角にそのスナックはあり、その先、露地は緩やかに上り坂で、スナックの先には道の左右に数軒の店が並んでいます。うらぶれた、薄暗い露地には似つかわしくない派手な電飾が煌々と輝く、何の店だかよくわからない店でした。
そのスナックは、髪の薄い初老のオヤジがオーナーで、ブスッとしているわけでもなければ、にこにこと愛想を振りまくわけでもなく、ただ黙々とカウンターの中にいました。
席に着くとその店のママなのかアルバイトなのか、とにかくどういう立場なのかはわかりませんが、きれいな女性が隣に座って水割りなど作ってくれます。私よりはかなり若い、きれいな女性で着物を着て、髪をアップにまとめています。
なんでこんなに美しい人がこんなうらぶれたスナックで働いているのだろう、そういう疑問がふつふつと沸いてきますが、それは口には出さず、ともかく彼女が作ってくれた水割りを一口口に含みました。
で、改めて彼女の顔をよーく見ると、ふだん営業でお邪魔している書店の女性ではないですか!
いや、正確には私が知っている書店の女性にそっくりなのです。思わず「どこかで遭ったことあるよね?」と、なんともいかにも女性を口説くときの常套手段のようなセリフを口にしてしまいましたが、彼女は微笑むだけで何も答えてくれません。私の質問に対して肯定しているのか否定しているのか、全く見当が付きません。
いかにも「はい、その通り、某々書店のAですよ」と答えてくれそうな雰囲気があるものの、この手の商売の人って、どんな人のどんな話題にもうまーく調子を合せられますから、私の話に適当に合せているだけなのかもしれません。
でも話せば話すほど、声という表情といい仕草といい、ふだん見慣れている彼女なのです。ただ、書店で逢っているときには、こんなところでアルバイトをしているような雰囲気は微塵も感じさせませんし、ちょっと失礼な言い方ではありますが、こんなにきれいな子だったという意識もありませんでした。スナックという場、店内の薄明かり、それとアップにしたヘアスタイルと着物姿、これらが私の目をくらませているのでしょうか。
どう見たって、私の知っている彼女なので、いろいろかまを掛けたりストレートに聞いたりしますが、答えてくれません。そういうことに答えてはいけない決まりなのでしょうか。もちろん名前も教えてくれないですし、教えてくれたとしてもそれが本名なのかどうかわかりません。少なくともオーナーとおぼしきオヤジが彼女を呼ぶときの名前は、私が知っている彼女の名前ではありません。
ところで、私はこのお店に入ったときから、否、この露地に一歩足を踏み入れたときから、なんか嫌な予感がしているのです。得体の知れない気配とでもいうのでしょうか? あたし自身は霊感など何も持ち合わせていませんが、露地の奥、坂道の先の方からただならぬ気配が漂ってくるのを感じるのです。
どうしてこの店のオーナーも彼女も、そして私以外のお客たちも、この嫌な気配を感じないのか、不思議でなりません。彼女に作ってもらった水割りを飲みながら、その嫌な気配が、露地の坂道を降りてきて、店のドアのすき間から入ってくるのを感じます。
もう、今すぐにでもこの店を出ないと大変なことになる、そう感じた私は彼女の手を取って店を出ようとしましたが、彼女は手を取って立ち上がった私の顔を見上げ、座ったまま微笑んでいるだけで動こうとしません。
「早く!」と叫ぼうとした刹那、私は目が覚めました。
変な夢でした。夢の中でははっきりと顔を見ているのに、肝心の彼女が誰だったのか、全く思い出せません。スナックだって露地だって、自分が行ったことのある街の記憶の中にはありません。
デジャブ、なのでしょうか? あるいは何かの暗示?
露地の入り口の角にそのスナックはあり、その先、露地は緩やかに上り坂で、スナックの先には道の左右に数軒の店が並んでいます。うらぶれた、薄暗い露地には似つかわしくない派手な電飾が煌々と輝く、何の店だかよくわからない店でした。
そのスナックは、髪の薄い初老のオヤジがオーナーで、ブスッとしているわけでもなければ、にこにこと愛想を振りまくわけでもなく、ただ黙々とカウンターの中にいました。
席に着くとその店のママなのかアルバイトなのか、とにかくどういう立場なのかはわかりませんが、きれいな女性が隣に座って水割りなど作ってくれます。私よりはかなり若い、きれいな女性で着物を着て、髪をアップにまとめています。
なんでこんなに美しい人がこんなうらぶれたスナックで働いているのだろう、そういう疑問がふつふつと沸いてきますが、それは口には出さず、ともかく彼女が作ってくれた水割りを一口口に含みました。
で、改めて彼女の顔をよーく見ると、ふだん営業でお邪魔している書店の女性ではないですか!
いや、正確には私が知っている書店の女性にそっくりなのです。思わず「どこかで遭ったことあるよね?」と、なんともいかにも女性を口説くときの常套手段のようなセリフを口にしてしまいましたが、彼女は微笑むだけで何も答えてくれません。私の質問に対して肯定しているのか否定しているのか、全く見当が付きません。
いかにも「はい、その通り、某々書店のAですよ」と答えてくれそうな雰囲気があるものの、この手の商売の人って、どんな人のどんな話題にもうまーく調子を合せられますから、私の話に適当に合せているだけなのかもしれません。
でも話せば話すほど、声という表情といい仕草といい、ふだん見慣れている彼女なのです。ただ、書店で逢っているときには、こんなところでアルバイトをしているような雰囲気は微塵も感じさせませんし、ちょっと失礼な言い方ではありますが、こんなにきれいな子だったという意識もありませんでした。スナックという場、店内の薄明かり、それとアップにしたヘアスタイルと着物姿、これらが私の目をくらませているのでしょうか。
どう見たって、私の知っている彼女なので、いろいろかまを掛けたりストレートに聞いたりしますが、答えてくれません。そういうことに答えてはいけない決まりなのでしょうか。もちろん名前も教えてくれないですし、教えてくれたとしてもそれが本名なのかどうかわかりません。少なくともオーナーとおぼしきオヤジが彼女を呼ぶときの名前は、私が知っている彼女の名前ではありません。
ところで、私はこのお店に入ったときから、否、この露地に一歩足を踏み入れたときから、なんか嫌な予感がしているのです。得体の知れない気配とでもいうのでしょうか? あたし自身は霊感など何も持ち合わせていませんが、露地の奥、坂道の先の方からただならぬ気配が漂ってくるのを感じるのです。
どうしてこの店のオーナーも彼女も、そして私以外のお客たちも、この嫌な気配を感じないのか、不思議でなりません。彼女に作ってもらった水割りを飲みながら、その嫌な気配が、露地の坂道を降りてきて、店のドアのすき間から入ってくるのを感じます。
もう、今すぐにでもこの店を出ないと大変なことになる、そう感じた私は彼女の手を取って店を出ようとしましたが、彼女は手を取って立ち上がった私の顔を見上げ、座ったまま微笑んでいるだけで動こうとしません。
「早く!」と叫ぼうとした刹那、私は目が覚めました。
変な夢でした。夢の中でははっきりと顔を見ているのに、肝心の彼女が誰だったのか、全く思い出せません。スナックだって露地だって、自分が行ったことのある街の記憶の中にはありません。
デジャブ、なのでしょうか? あるいは何かの暗示?
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