2009年12月27日

芙蓉千里

芙蓉千里』読了。

父とともに諸国を旅する辻芸人の少女フミ。父が行きずりの芸妓と逃げてしまい天涯孤独となり、人買いの男にくっついてはるばる海を渡ってハルビンまでやってきます。そして同行の少女タエとともに、ハルビンの女郎屋「酔芙蓉」で雑用係として働き始めます。

女郎になりたくないタエと女郎になりたいフミ。フミは辻芸人時代の芸「角兵衛獅子」を踊り、タエに芸妓として生きていくことを提案しますが、芸を身につける前にタエは女郎となり、その交換条件にフミを芸妓とすることを女将に約束させます。そして数年の後、タエはハルビン一の女郎に、そしてフミはハルビン一の芸妓に成長するのです。

と、ざっくりとしたストーリーはこんな感じです。主人公フミの真っ直ぐな心根は読んでいて気持ちのよいもので、戦前の大陸雄飛を夢見た大陸浪人に通じるところがあると感じるのはあたしだけでしょうか? 狭い日本には生き飽きた、というわけではありませんが......

時代背景は、日露戦争で日本がロシアを破り、ヨーロッパでは第二次大戦が起きて、そのどさくさに日本は中国に21カ条の要求を突きつける、そんな時代です。

物語後半で、舞台となる女郎屋「酔芙蓉」がじきになくなる(閉店する)ことが予想されますが、確かにここから先の歴史は、満州国成立、日中戦争、ソ連軍侵攻、日本の降伏と続き、フミの清々しさだけで乗り越えていけるほど平坦でも甘くもないでしょう。著者がここで物語をやめたのは正解だったかもしれません。

しかし、だからこそ余計に、もう少し忍び寄る歴史の暗い影を描いてもよかったのでは、という気がします。フミの親友タエはともかく、もう少し女郎の人物造形があったり、フミとの絡みがあったりしてもよいのではないかと思います。

男性陣もフミの初恋の人・山川は裏の仕事があることは匂わせていますが、まるきり危険な場面がありません。フミの旦那になる華族様の次男坊もとにかくいい人に描かれているだけで、この時代を乗り越えていく力強さが今イチな気がします。

物語は、清々しく終わりますが、この後フミはどう生きたのでしょうか? なんとなく往年のコミックの名作「はいからさんが通る」を思い出す時代背景なのですが、こちらは実際に大陸にいるだけに、もっとシビアな人生を送らざるを得なかったでしょう。

物語の最後、フミと地元の中国人のちょっとした会話がほろっとさせられます。日本は嫌いだけど、ふだん親しく接している日本人は友人であると認識している中国人。たぶん、日中戦争の頃にも、そういう庶民レベルでの両国の絆はそこかしこにあったのだと思います。それを無残にも踏みにじった日本軍国主義ですが、そういう重さが描かれ切っていないのも、この物語の残念なところです。

しかし、これで戦時中のフミを描き、戦後のフミを描いていたら、単なるNHKの朝の連続ドラマになってしまいますね(笑)。



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