2009年8月31日

交通事故

目を覚ましたら、ベッドに寝ているのですが、自宅の、自分がいつも寝ているベッドではありません。「あれ、ここはどこだろう?」と思い周囲を見回すと、あたしの腕には点滴の針が刺さっていて、自分では見えないのですが、頭には包帯が巻かれている感じです。そして何より変なのは、母親がベッドの脇で不安げな顔であたしを見つめているんです。

あれ、お母さんどうしたの? と声をかけたつもりなんですが、聞こえていないのか、母親はただただあたしの顔を見つめているだけです。

そこで、ようやく思い出しました。昨日の夕方、仕事を終えての帰路、バスを降りて家に向かって歩いていて、交差点で強引に曲がってきたトラックが......

そうか、たぶん、あたし、交通事故にあったんだ。あのトラックに轢かれたんだ。でも、その瞬間の記憶が全然ないし、それにいま何時なんだろう。とりあえず、ここはあたしが担ぎ込まれた病院なんだろうとわかりました。

と、そこへ医者が看護婦さんと一緒に入ってきて、母親に「息子さん、意識戻りませんか?」と言いました。「えっ、なに? 何言ってるの? あたし、今さっきこうして目が覚めたじゃない」と言おうとした矢先、「はい、一向に......」と母親が医者に答えてます。

「えっ、なに、それ? どういうこと?」となおも思いながら、そうだ、体を動かせば、いくらなんでも気付くだろうと思って、あたしはベッドの上で上半身を起こしました。でも、それでも、母も医者も看護婦も、あたしが起き上がったことに気付いた様子がありません。

上 半身を起こしたまま、ベッドから足をおろし、ちょうどベッドの縁に座るようにして、目の前の母に向かい合いましたが、母は今さっきまであたしが寝ていた顔 の方を見つめたままです。と、その母の視線を追ってみて、あたしはぞっとしました。そこには頭に包帯を巻いて目をつむっているあたしが横たわっているので す。

瀕死という感じには見えませんが、確かに意識は無さそうな自分がそこにいます。

って、ことはあたしは誰? どうなってるの? ちょっと混乱してます。

も しかして、あたし死んじゃったの? それで魂が体から抜けちゃったの? えーっ、そんなバカな。いや、そうじゃない。お医者さんだって、死んだとは言って ない、意識が戻らないと言っているだけなんだから。ということは、いまのあたしは何? これってもしかして幽体離脱ってやつ? マジで? ホントにそんな ことって起きるわけ? それとも全く夢なのかな? いや、夢にしちゃかなりリアル。病院のベッドの中途半端な柔らかさとか、床の冷たさが感じられるし。


と思っている間にも医者はベッドの周りの器具の数値を確認し、あたしの脈をとってみたりして、何とも言えない表情をしています。「もうしばらく様子を見ましょう」と母に声をかけ、部屋を出て行きました。

医者を追うようにあたしはベッドから降りました。裸足なので病室の床がひんやりとしているのが伝わってきます。部屋の片隅にある洗面台の鏡の前に立ってみ ると、あたしが映っています。これでも母親には見えていないのだろうか? そう思ってあたしは母親の肩を揺すろうとしたのですが、手が母の肩に触れる直 前、すーっと薄くなって、あたしの手は消えてしまい、母に触れることができません。やばい、こりゃ本当に幽霊かなんかみたいだ。それに、ベッドには相変わ らずあたしらしき人間が寝ているし......

さて、どうしよう。このままあたしは死んでしまうのか、それとも体に戻れるのか? でも戻るって、どうやって戻るんだ? ベッドに戻って体の上に重なるよ うに横になれば、また合体するんだろうか? そんなことを考えながら、再び入ってきた看護婦と入れ替わるように病室を出ました。

本当に他人にはあたしが見えていないのだろうか? 自分では自分の体が見えていて、手術後にでも着せられたのか、作務衣のようなものを身につけています。 こういうとき、テレビや映画なら、イヌとかの動物が得体の知れないものに反応して吠えたててくるはずだよなあ、と思うものの、病院の中に動物などいるはず もなく、行く当てもなくあたしは階段を下り、玄関へ向かい、そのまま病院の外へ出ました。

その時気づいたのですが、裸足で床の冷たさが感じると思っていたのですが、なんかほんの数ミリか数センチ、体が地面から浮いているような感覚です。確かド ラえもんってそうだったはずだようなあ、なんて思いながら、周囲を見回すと、そこはわが家から数キロのところにある大きな公立の病院でした。亡くなった父 がしばらく通っていたこともあり、この病院には何度も来たことがありますし、家の近所で救急車に乗れば、たいていはこの病院に運ばれてきますので、それほ ど驚きはしませんでした。

さて、ところで今は何時なんだろう? それにそもそも火曜日であっているのか? 昨日、帰るときに事故にあったはずだけど、もしかしたらその後数日意識も 戻らずに寝ていた可能性もあるし......。って言うか、あたしはこうしてフラフラしてるけど、どうも実際のあたしはいまだに意識が戻らずに病室で寝ているみた いだし......

あっ、会社はどうなっているんだろう? 今日が火曜だとしても、どう考えても9時は回っていそう。もう仕事は始まっている時間だし、あたしが連絡もなく出 社していなかったら、会社では「どうしたんだろう?」って思っているだろうなあ。とりあえず一日くらいの無断欠勤ならともかく、あの自分の様子じゃしばら くは会社には出られそうもないし、そうすると書店回りとか、いろいろある仕事はどうしよう? そもそも母か誰かが会社に連絡してあるんだろうか? そんな ことばかりが頭をよぎります。

なんとなくわけのわからないまま、あたしは病院から出ているバスに乗りました。このバスはわが家のすぐそばを通ってJRの駅まで行くバスで、お金も何も 持っていないのに、あたしはそのバスに乗り込んだのでした。どうせ誰にも見えていないんだから無賃乗車したって大丈夫だ、という気持ちが多少は働いた、と いうのが正直なところです。

どこへ行くというあてのないままバスに揺られ、気づくとあたしは自宅の最寄りのバス停で降りていました。ちょうど降りる人がいたので、その人の後に続いて降りたのですが、運転手に止められるのではないかとヒヤヒヤしましたが、何も言われずに降りることができました。

そのまま自宅の玄関前まで来て気づきました。鍵もないのにどうやって入ればいいんだろう? もしかして、玄関のドアとか壁をすーっと通り抜けられるのかな、とも思いました。試してみたのですが、そうはうまくいきません。ドアにぶつかってしまうのではなく、磁石のN極どうしのように反発し合う感じで、ドアに近づくことはできても触ることができません。

家まで戻って来てどうすんだ? と思っていると家の中で声がします。わが家は母とあたしの二人暮らしで、母がああして病院にいたわけですから、いま現在誰も家にいるはずはないのです。ただ、ようく耳を澄ますと、どうやら妹の声です。その妹の声が玄関の内側から聞こえると思ったら、ドアが開きました。

玄関に入り、「おう、お前どうした?」と声をかけましたが、妹は案の定まったくあたしに気づいていないようです。妹は数年前嫁に行きましたが、比較的わが家から近いところに住んでいて、たぶん母親に言われたのでしょう、入院に必要なものを持って母の待つ病院へ向かうところなのでしょう。そのまま妹は玄関の鍵を閉め出かけていってしまいました。玄関の中にポツリと取り残されたあたしは、とりあえずは家には入れたとホッとしましたが、さてどうしようかと、また悩みました。

そうだ、とりあえず会社に電話するかな? でも、もし母親か妹が既に電話してくれていたんだとすれば、意識不明の本人が電話するのはおかしな話だし、まさか幽体離脱してますと言ったって誰も信じてくれないだろうなあ。電話したのかどうかはわからないけど、とりあえずやめとくか。

それならパソコンでブログを書いてみるか。キーやマウスを触れるのかわからないけど、もしできたら、あたしが幽体離脱して書いたことの証拠になるだろう、うん、それはおもしろいんじゃない? よし、そうしよう、そうしよう。

と言うわけで、おそるおそるパソコンのスイッチを押したら、これがなんと押せて、それにキーボードやマウスも触れます。これならブログも書けるぞ、と喜び勇んで書き綴ってきたのが、このエントリーなんですけど......

さて、この後どうしましょう。やはり病院に戻って、できるのかどうかわからないけど体と合体しないとマズイんじゃないかな? いつまでも離れたまんまだと、あとあと渉外が残ったりしないんだろうか?

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