あの夏の日に帰りたい
「岩野さんは、女の人を好きになっちゃいけないわ」
私のことを「さん」付けで呼ぶ幹(みき)ちゃんがそう言ったのは高2の夏。
幹ちゃんとは高2の一年間、席がいつも隣同士だった。よく話をしたりしてたけど、お互いに男女ということを意識せずにいたから、ある意味では気楽だった。しかし、クラスの中では私と幹ちゃんが「できてる」と思われていたらしい。そう言えば、学祭の時に腕を組んで校内を歩いていたっけ。でも幹ちゃんには当時、社会人の彼氏がいたから、よくそれをネタにからかったものだ。
「最近忙しくてなかなか逢えないの」
「ざまあ見ろ。振られてやんの」
「じゃあ、岩野さん慰めて」
「やなこった」
こんな調子が、自由な校風の公立高校には妙に似合っていたあの頃。
* *
「どうしてそんなこと言ったのかしら」
「えっ、知らないよ」
「そういう風に時分のこと他人から決めつけられるのって嫌じゃない?」
「別に何とも思わないよ」
寝台列車で一泊した次の日の車中で、高校時代の幹ちゃんのセリフを明子さんに話したら、そう問い返されたのは、大学二年の三月。暇な一日をくだらないおしゃべりで埋めていた時のことだった。
明子さんとは妙にウマが合い、考え方や性格も似てたと言われる。でも、どこまでが本当の姿なのかわからない。
「この人とは長い付き合いはできそうにないな」
心の中でそう思った。
* *
「忠左衛門は好きな人おらへんの?」
シエちゃんがそう聞いたのも大学二年の三月。
「私は人を好きにならないから」
「どうして」
「好きにならないようにしてるから」
「どうして」
「別に......」
「何か深い訳があるんやろ」
シエちゃんに舌っ足らずな口調でそう詰め寄られた時に、話題は別なものに変わった。
* *
「あなたは時分のことを開けっ広げに話しているようで、本当は別なイメージを相手に作り上げさせているんじゃないの」
久しぶりにあった明子さんにそう言われたのは、大学三年の夏。
「そうかな」
「そう思うけど」
やはりこの人とは話をしててホッとした気分になれないな、気が休まらないとでも言うのだろうか。いつもいつも、相手の心の裏の裏を探り合いながら話をしている。
でも、その方が私には合っているのかもしれない。
明子さんとはその後逢っていない。
* *
「岩野君って、自分に無理をしてるんじゃない?」
研究室の女王、小山さんにそう言われたのは大学三年の秋。
「そんなことないですよ」
「そう見えるけど」
「私は何も考えない人間ですから」
「何も考えないってことはないでしょう」
「本当に何も考えてないんです」
* *
「岩野君は彼女ができたら、とことん優しくするでしょ?」
友人の女の子にそう言われたのは高2の夏。
「そうかな」
「そう思うけど」
この人、また心にもないこと言ってる、と私は心の中で思っていた。
私のことを「さん」付けで呼ぶ幹(みき)ちゃんがそう言ったのは高2の夏。
幹ちゃんとは高2の一年間、席がいつも隣同士だった。よく話をしたりしてたけど、お互いに男女ということを意識せずにいたから、ある意味では気楽だった。しかし、クラスの中では私と幹ちゃんが「できてる」と思われていたらしい。そう言えば、学祭の時に腕を組んで校内を歩いていたっけ。でも幹ちゃんには当時、社会人の彼氏がいたから、よくそれをネタにからかったものだ。
「最近忙しくてなかなか逢えないの」
「ざまあ見ろ。振られてやんの」
「じゃあ、岩野さん慰めて」
「やなこった」
こんな調子が、自由な校風の公立高校には妙に似合っていたあの頃。
* *
「どうしてそんなこと言ったのかしら」
「えっ、知らないよ」
「そういう風に時分のこと他人から決めつけられるのって嫌じゃない?」
「別に何とも思わないよ」
寝台列車で一泊した次の日の車中で、高校時代の幹ちゃんのセリフを明子さんに話したら、そう問い返されたのは、大学二年の三月。暇な一日をくだらないおしゃべりで埋めていた時のことだった。
明子さんとは妙にウマが合い、考え方や性格も似てたと言われる。でも、どこまでが本当の姿なのかわからない。
「この人とは長い付き合いはできそうにないな」
心の中でそう思った。
* *
「忠左衛門は好きな人おらへんの?」
シエちゃんがそう聞いたのも大学二年の三月。
「私は人を好きにならないから」
「どうして」
「好きにならないようにしてるから」
「どうして」
「別に......」
「何か深い訳があるんやろ」
シエちゃんに舌っ足らずな口調でそう詰め寄られた時に、話題は別なものに変わった。
* *
「あなたは時分のことを開けっ広げに話しているようで、本当は別なイメージを相手に作り上げさせているんじゃないの」
久しぶりにあった明子さんにそう言われたのは、大学三年の夏。
「そうかな」
「そう思うけど」
やはりこの人とは話をしててホッとした気分になれないな、気が休まらないとでも言うのだろうか。いつもいつも、相手の心の裏の裏を探り合いながら話をしている。
でも、その方が私には合っているのかもしれない。
明子さんとはその後逢っていない。
* *
「岩野君って、自分に無理をしてるんじゃない?」
研究室の女王、小山さんにそう言われたのは大学三年の秋。
「そんなことないですよ」
「そう見えるけど」
「私は何も考えない人間ですから」
「何も考えないってことはないでしょう」
「本当に何も考えてないんです」
* *
「岩野君は彼女ができたら、とことん優しくするでしょ?」
友人の女の子にそう言われたのは高2の夏。
「そうかな」
「そう思うけど」
この人、また心にもないこと言ってる、と私は心の中で思っていた。
この文章は、大学時代に所属していたサークルの会誌に発表した(平成元(1989)年10月発行)ものです。
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