リフレインが叫んでる
マリオンの時計の前で、九時半に。
* *
「映画のチケットあるから、一緒に観に行かない」
という、ありきたりの誘い方は、かえって彼女からすれば断わりやすいやり方でもある。
電話をかけると決めるのに三十分。電話の前で十五分。かけても留守だとホッとする。両親、兄弟、姉妹、恍惚の祖父母と...。お姉さんなんかが出てくれると一番楽かもしれないが、彼女には兄貴しかいない。でも平日の日中にいるわけがない。案の定、母親が出た。
「○○ですけど、□□さんいらっしゃいますか」
○○の部分が肝心で、決して怪しまれることなく、爽やかに自己紹介をしなくてはならない。こちらの意に反して、あっさりと取り次ぐ母親にホッとしていると彼女が出る。
「お久!」
「久しぶりね」
口だけは、つい昨日も逢ったように言葉を並べる。
「元気してた?」
「うん。でも来週から教育実習だから気が重くて」
「教員になるつもりないんでしょう」
「うん。試験は受けないよ」
ドキドキするから、自分から会話を進行させるが、どうも本題に入れない。やっと切り出すと
「いいわよ」
「何時がいい」
「実習が終わってからの方がいいから......」
* *
マリオンの時計の前で、午前九時半に。
* *
男の方は少なくとも十分前には待ち合わせ場所に着き、決して女の子を待たせてはいけないと、ポパイかメンズクラブにでも書いてあったはずだけど......二分遅れて、彼女はもうそこにいた。
十時半から上映だが、混んでるだろうということで一時間前。韓の中には既に数人の人が並んでいた。一時間も並んでいただろうかと思うほどあっという間に時は経ち、ハイと言って彼女が私に手渡した誕生日プレゼントは置き時計で、私は貸したら彼女が壊したのと同じ品であった。
映画は約二時間。
「結構面白かったね」
といった彼女の言葉は、本心からのものであろうか。
午後一時。数寄屋橋の交差点は人通りもかなりある。
「何か食べようよ」
「うん」
「どっか、いい店知ってる?」
「私、銀座はあまり来ないから」
「どっかいいとこないかね」
まるでドラマや雑誌に出てくる男と正反対の態度を、責める様子のない彼女はかえってよそよそしいから、ますますばつが悪くなる。
「今日夜、用事があるから」
彼女が言うから、きちんと四時半に別れる。本当は引き留めたりした方がよかったのだろうか。
* *
結構面白かったね
その言葉だけが、今も心地よく私の耳に響いている。
* *
「映画のチケットあるから、一緒に観に行かない」
という、ありきたりの誘い方は、かえって彼女からすれば断わりやすいやり方でもある。
電話をかけると決めるのに三十分。電話の前で十五分。かけても留守だとホッとする。両親、兄弟、姉妹、恍惚の祖父母と...。お姉さんなんかが出てくれると一番楽かもしれないが、彼女には兄貴しかいない。でも平日の日中にいるわけがない。案の定、母親が出た。
「○○ですけど、□□さんいらっしゃいますか」
○○の部分が肝心で、決して怪しまれることなく、爽やかに自己紹介をしなくてはならない。こちらの意に反して、あっさりと取り次ぐ母親にホッとしていると彼女が出る。
「お久!」
「久しぶりね」
口だけは、つい昨日も逢ったように言葉を並べる。
「元気してた?」
「うん。でも来週から教育実習だから気が重くて」
「教員になるつもりないんでしょう」
「うん。試験は受けないよ」
ドキドキするから、自分から会話を進行させるが、どうも本題に入れない。やっと切り出すと
「いいわよ」
「何時がいい」
「実習が終わってからの方がいいから......」
* *
マリオンの時計の前で、午前九時半に。
* *
男の方は少なくとも十分前には待ち合わせ場所に着き、決して女の子を待たせてはいけないと、ポパイかメンズクラブにでも書いてあったはずだけど......二分遅れて、彼女はもうそこにいた。
十時半から上映だが、混んでるだろうということで一時間前。韓の中には既に数人の人が並んでいた。一時間も並んでいただろうかと思うほどあっという間に時は経ち、ハイと言って彼女が私に手渡した誕生日プレゼントは置き時計で、私は貸したら彼女が壊したのと同じ品であった。
映画は約二時間。
「結構面白かったね」
といった彼女の言葉は、本心からのものであろうか。
午後一時。数寄屋橋の交差点は人通りもかなりある。
「何か食べようよ」
「うん」
「どっか、いい店知ってる?」
「私、銀座はあまり来ないから」
「どっかいいとこないかね」
まるでドラマや雑誌に出てくる男と正反対の態度を、責める様子のない彼女はかえってよそよそしいから、ますますばつが悪くなる。
「今日夜、用事があるから」
彼女が言うから、きちんと四時半に別れる。本当は引き留めたりした方がよかったのだろうか。
* *
結構面白かったね
その言葉だけが、今も心地よく私の耳に響いている。
この文章は、大学時代に所属していたサークルの会誌に発表した(平成元(1989)年2月発行)ものです。
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