IS THIS LOVE ?
先日、彼から電話があった。彼は、僕が高校の頃、大好きだった彼女と同じ大学に通っている。彼は、彼女のことは知っているが、僕の彼女への気持ちは知らない。僕は彼との電話を利用して、何か彼女のことを聞こうと思った。
「ねえ、うちの高校から行った人って何人いるの?」
何気なく僕は聞いた。
「俺の知っているのは、七人かな」
「誰がいる?」
僕は、彼女の名前が出るのを期待した。いくら何でも彼女のことを直接聞くなんて出来ない。
彼は彼女の名を四番目に出した。
「○○さん、元気?」
「よくわからないけど、最近彼氏が出来たみたいだよ」
僕は心の中では完全に平静さを失っていたが、口元だけは理性を保っていた。
「あの子かわいいから当然だよ」
その後の彼との会話は、全く頭に残っていない。
* *
「本当は、子がなくて幸だけにするはずだったの。だけど、バランスが悪いから『幸子』にしたんだって」
高校の頃、同じクラスで、僕の前の席だった彼女は、僕にこういった。
「ふーん」
僕はきわめて平淡に答えた。しかし、心の中ではクラスの連中で、このことを知っているのは自分だけだと一人喜んでいた。
クラスのレクリエーションでバドミントンをやった時、偶然彼女とペアになったので、わざと大袈裟に「やったー」と彼女に言った。彼女は特に嫌な顔をするでもなかった。その時のバトミントンは、後にも先にも、こんなに楽しいバドミントンはないものとなった。
* *
卒業式の日、ホーム・ルームが終わって、さっさと帰ってしまったことが、今となっては心残りである。あの時、一言でいいから彼女と言葉を交わしていたら、こんな想いをしなくてすむのにと、夜布団の中で、昼間ぼーっとしている時に、何度もそう思った。
彼女は、高校時代につきあっていた男なんていなかった(はずだ)。でも、年頃の女の子なんだから、好きな人はいたはずであり、それがまず間違いなく僕ではないこともわかっていた。なぜなら、僕は彼女の前では妙に嫌な男を演じていた。否、そうでもしないと、僕の気持ちが彼女に知られてしまいそうで、彼女に対する一切の言行を冗談にしてしまっていた。もっと優しく接すればよかった、高校時代、学校から帰るとよくそう思った。
* *
彼女とは、席替えをしても、いつも席が遠くて、その時だけ前後して座れた。だから席替えのたびに僕は彼女と席が近くなるように祈った。しかし、三年の時はとうとう近くに座れずじまいで、話をすることも少なかった。話をしないクラスメートは大勢いるのに、僕は彼女と話すことが一番少ないように感じていた。どんなことでもいいから、教室を出る時にすれ違ったり、帰る時に下駄箱のところであったりとか、なんでもいいからきっかけが欲しかった。
その頃は、他人に(ある意味では彼女からも)どう思われようともいいと思っていたのかもしれない。
「幸子ちゃんの中で、あなたの存在が、確かに大きくなっているわよ」
ある友達の女の子が、僕と彼女が話をしていた時に言った。
「そんなことないよ」
と彼女は言った。
「嘘ばっかり」
友達は言った。
「ほんとー」
「嘘ついちゃだめだよ」
と僕が茶々を入れた。結局、冗談ぽく、お茶を濁して、この話は終わった。
クセ、僕の悪いクセで、なんでも、真剣なことまで冗談にしてすますところがある。しかし、彼女のことに関しては、そのクセがマイナスに作用してしまったようである。
* *
高校を卒業し、僕と彼女はそれぞれ違う大学へ進んだ。僕は毎日のように、電車で彼女と乗り合わせないかと期待していた。しかし、彼女ら式人すら見かけることはなかった。
大学にも、かわいい子、すてきな人はいる。僕も何度か彼女のことは忘れたのだと思った。大学には男から見てかわいい子がいるように、女の子から見てカッコイイ男だってたくさんいる。まして、僕より魅力的な男など掃いて捨てるほどいる。だから、彼女にも、とっくに彼氏が出来ているはずだと思っては、そんなことはないと打ち消している自分が、なんだかとても哀しくなってくる。
彼からの電話の後、しばらくは自分でもよくわからない日々を過ごし方をしていた。彼は恐らく勘違いをしているんだ。彼女の彼氏ではなく、サークルの友達か先輩と仲良く話しでもいているところを、たまたま目撃したにすぎないんだ。僕は自分勝手な空想の世界へと逃げていた。
* *
一年たった今ではきっと
君は、誰かの恋人だろう
もう、それぞれのプライバシー
ただ、偶然に逢いたい
(沢田聖子「雪ひとひらに」より)
* *
でも、今での彼女のことが好きであるということだけは確かである。彼が言うその人が、本当に彼女の恋人であったとしても......
「ねえ、うちの高校から行った人って何人いるの?」
何気なく僕は聞いた。
「俺の知っているのは、七人かな」
「誰がいる?」
僕は、彼女の名前が出るのを期待した。いくら何でも彼女のことを直接聞くなんて出来ない。
彼は彼女の名を四番目に出した。
「○○さん、元気?」
「よくわからないけど、最近彼氏が出来たみたいだよ」
僕は心の中では完全に平静さを失っていたが、口元だけは理性を保っていた。
「あの子かわいいから当然だよ」
その後の彼との会話は、全く頭に残っていない。
* *
「本当は、子がなくて幸だけにするはずだったの。だけど、バランスが悪いから『幸子』にしたんだって」
高校の頃、同じクラスで、僕の前の席だった彼女は、僕にこういった。
「ふーん」
僕はきわめて平淡に答えた。しかし、心の中ではクラスの連中で、このことを知っているのは自分だけだと一人喜んでいた。
クラスのレクリエーションでバドミントンをやった時、偶然彼女とペアになったので、わざと大袈裟に「やったー」と彼女に言った。彼女は特に嫌な顔をするでもなかった。その時のバトミントンは、後にも先にも、こんなに楽しいバドミントンはないものとなった。
* *
卒業式の日、ホーム・ルームが終わって、さっさと帰ってしまったことが、今となっては心残りである。あの時、一言でいいから彼女と言葉を交わしていたら、こんな想いをしなくてすむのにと、夜布団の中で、昼間ぼーっとしている時に、何度もそう思った。
彼女は、高校時代につきあっていた男なんていなかった(はずだ)。でも、年頃の女の子なんだから、好きな人はいたはずであり、それがまず間違いなく僕ではないこともわかっていた。なぜなら、僕は彼女の前では妙に嫌な男を演じていた。否、そうでもしないと、僕の気持ちが彼女に知られてしまいそうで、彼女に対する一切の言行を冗談にしてしまっていた。もっと優しく接すればよかった、高校時代、学校から帰るとよくそう思った。
* *
彼女とは、席替えをしても、いつも席が遠くて、その時だけ前後して座れた。だから席替えのたびに僕は彼女と席が近くなるように祈った。しかし、三年の時はとうとう近くに座れずじまいで、話をすることも少なかった。話をしないクラスメートは大勢いるのに、僕は彼女と話すことが一番少ないように感じていた。どんなことでもいいから、教室を出る時にすれ違ったり、帰る時に下駄箱のところであったりとか、なんでもいいからきっかけが欲しかった。
その頃は、他人に(ある意味では彼女からも)どう思われようともいいと思っていたのかもしれない。
「幸子ちゃんの中で、あなたの存在が、確かに大きくなっているわよ」
ある友達の女の子が、僕と彼女が話をしていた時に言った。
「そんなことないよ」
と彼女は言った。
「嘘ばっかり」
友達は言った。
「ほんとー」
「嘘ついちゃだめだよ」
と僕が茶々を入れた。結局、冗談ぽく、お茶を濁して、この話は終わった。
クセ、僕の悪いクセで、なんでも、真剣なことまで冗談にしてすますところがある。しかし、彼女のことに関しては、そのクセがマイナスに作用してしまったようである。
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高校を卒業し、僕と彼女はそれぞれ違う大学へ進んだ。僕は毎日のように、電車で彼女と乗り合わせないかと期待していた。しかし、彼女ら式人すら見かけることはなかった。
大学にも、かわいい子、すてきな人はいる。僕も何度か彼女のことは忘れたのだと思った。大学には男から見てかわいい子がいるように、女の子から見てカッコイイ男だってたくさんいる。まして、僕より魅力的な男など掃いて捨てるほどいる。だから、彼女にも、とっくに彼氏が出来ているはずだと思っては、そんなことはないと打ち消している自分が、なんだかとても哀しくなってくる。
彼からの電話の後、しばらくは自分でもよくわからない日々を過ごし方をしていた。彼は恐らく勘違いをしているんだ。彼女の彼氏ではなく、サークルの友達か先輩と仲良く話しでもいているところを、たまたま目撃したにすぎないんだ。僕は自分勝手な空想の世界へと逃げていた。
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一年たった今ではきっと
君は、誰かの恋人だろう
もう、それぞれのプライバシー
ただ、偶然に逢いたい
(沢田聖子「雪ひとひらに」より)
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でも、今での彼女のことが好きであるということだけは確かである。彼が言うその人が、本当に彼女の恋人であったとしても......
この文章は、大学時代に所属していたサークルの会誌に発表した(昭和63(1988)年7月発行)ものです。
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